
「この亀甲縛りの鬼はなんぞや!?」
それは、J R琵琶湖線に乗車中の出来事だった。スマホを見ない時はついつい見てしまう電車の吊り広告。そこには「鬼こそ」という謎な言葉と、白い布で亀甲縛りをされ、両目が出目金のごとく飛び出している鬼の写真が!
そらもう、そこに写っている鬼と同じくらい目ん玉が飛び出すかの如く眺めてしまった。次の日もその次の日も、乗車する度に目が合ってしまう亀甲縛りの鬼さん。
気になる……気になりすぎる!!
とうとう我慢できず、亀甲縛りの鬼の写真の真下で、そそくさと検索してみた。どうやら兵庫県丹波市山南町にある「竹林山 常勝寺」で毎年2月11日に行われる行事の名前が「鬼こそ」であり、亀甲縛りの鬼さんは、その行事に登場する模様。
この時、ちょうど1月の下旬。つまり、今年の「鬼こそ」はコレからなのである。「民俗好きとしては行か〜なあかんやろ!」と、満員電車でひとり、熱意を燃やしまくりはじめたのだった。
ある年の2月11日。降り立ったのは、J R福知山線谷川駅。実家がある滋賀県南部からJ Rの在来線を乗り継ぐコト3回。片道約3時間30分の道のり。何気に結構な距離である。が、駅からもさらに歩くのである。30分ほど。タクシーもあるので、30分歩くのに躊躇する方は、ぜひ、ご利用を。私は、初めて降り立った町は、とりあえず、歩いてその町の空気感に触れたいので、てくてくてくてくひたすら歩く。
木造に赤い屋根のレトロな駅舎が冬晴れの青空に映える。駅周りには、コンビニなどないのどかな町。山々に囲まれ、高い建物などなく、広い広い空を拝みながら歩く30分。3時間30分も電車に乗っていた疲れすらどこへやら。「空が広いって、精神面にとっても大事」そんなコトを思いつつ、たどり着いた常勝寺。

入口には、イラストでキャラ化した亀甲縛りの鬼さんの垂れ幕や幟がはためいている。そして……それらを超えた先には、最後の難関「365段の石段」がお出迎え! お…おおぅ(汗
コレはまさに、〽︎ “鬼こそ”は下って来ない だ〜から昇って行くんだよ 状態である。
万年運動不足の私には、やや(いや、結構)堪えるものの、この上には「鬼こそ」が待っている!と、365歩のひと足目を階段にかけた。

「鬼こそ」が始まるまで、まだ1時間半もあるというのに、階段を昇り切ったところに建つ本堂周りには、すでに祭好きカメラマンおじさまたちが各々三脚を立て場所取りをされている。何時からいはるんや?このおじさまたちは?!これは、私も今のうちに場所取りをしなければ……と、本堂からちょっと離れて全体が眺められる場所、かつ、後ろにカメラマンのおじさまたちが居られない場所に佇む。
そこが、実は偶然にも大当たり!本堂内の奥の方で、鬼に扮する準備をされている姿が、遠くながらもチラチラと見えたのである。本来は、見てはいけないのかもしれないけれど、亀甲縛りの鬼に目を奪われ心を射られ、片道トータル4時間かけて来たので、ちょっとした私へのご褒美だと勝手に思い、遠くから熱い眼差しを向けていた。
ちらほら見えたり見えなかったりするなか、どうやら、1本の白布を巻くのは巻くのだが、すでに、ある程度、本番時に近い形になってヒモは保存されているようで、思ったより短時間でササッと縛る担当の男性は仕上げていた。鬼の顔のお面は直前までしない様子。数分後に鬼さんとなるであろう亀甲縛りされたまんまのおじさまが会場内をうろついておられる。そして、私の近くにまでもやって来た!なんだか「有名人が来た!」くらいのドキドキソワソワ。こんな近くで拝めるなんて〜と内面はテンション爆上がりだった私。と、そんな私の目の前を地元の小学生らしき子どもたちが4〜5名「校長先生〜〜〜!」と鬼さん目掛けて走って行くではないか!校長先生と呼ばれた鬼さんも「おお!」と子どもたちを迎える。亀甲縛りの姿のまんま談笑する半分鬼の姿の校長先生と児童たち。
「え?校長先生なん?それになに?この半分鬼の格好のまま子どもたちと戯れるアットホームさ!」
地元の人たちが老若男女関わらず参加し、鬼となるであろう人も混じり合い和気あいあいと始まりの時を待つ。その様子だけで、この「鬼こそ」が地元に人に愛され続けている行事なのだと感じいってしまった。

開始数分前、ご近所さんと思われる若いファミリーや年配の方々も順々に石段を上がって来られる。そして、そろそろ始まったのか、本堂の中から住職さんがお経を読む声が聞こえ始めた。そして、それが済んだであろう頃、ほら貝に銅鑼、太鼓に鐘の音がライブハウスをも超える超爆音で鳴り始めた!
ドンドコドンドコッ!
ヴォ〜!ヴォ〜!
カンカンカンカンカンカンカンカン!
ごおぉぉぉぉ〜ん!ごおぉぉぉ〜ん!
全てが同時に連打連打の連打!周りの山にこだましてなのかなんなのか、空気そのものが音を感じてビリビリ震えている。こちらの脳みそもその振動に同調して、なんだかクワンクワンして来る。トランス状態に入る手前って、もしかしたらこんな感じなんか!?と思うほどに。
はじめは本堂の中で4匹の鬼がなにやらぐるぐる周りながら足をドシンドシンと踏み鳴らす。そして、その後、満を持して遠方から眺めている私たちでも見える本堂の外縁にご登場!トランス状態にされてしまうほら貝や銅鑼の音は止むことなく鳴り続け、その音に併せ、左右の足をドンドンと踏み鳴らしゆっくりと外縁を歩く4匹の鬼さん。もちろん、あの出目金もびっくりの目が飛び出たジャンボなお面を被りつつ。

一番目の赤鬼さんは、炎が燃え盛る小さな松明を片手にもち、その次を行く青鬼さんは槍を持ち、さらにその次の赤鬼さんは刀を持つ。そして、最後の青鬼さんは錫杖を持っている。だが、外縁を歩いているのは鬼さんだけではなかった。その4匹の先頭には、なにやら小さな子どもが面をつけて歩いている。まるで、鬼たちを先導するかのように。

この先導役、実は645〜650年に常勝寺を創建した法道仙人(ほうどうせんにん)なのである。この法道仙人の人徳に感化されて良い鬼になったのが、この亀甲縛りをされている赤鬼2匹と青鬼2匹なのである。先頭の赤鬼は「病気」を封じ込み、2番目の青鬼は「水難」を封じ込み、3番目の赤鬼は「火災」を、4番目の青鬼は「風難」を封じ込めているのだという。

そして、白いヒモで鬼を縛っているのはそれらの難を封じ込めている様なのだそう。冒頭から「亀甲縛り、亀甲縛り」と連呼してしまい、申し訳ない……。だが、亀甲縛りは、もともとは米俵などの荷物を縛る方法であり、江戸時代は罪人を縛るのにも用いいられてきたモノであり、今のようにエロス的要素なかったのである。
鬼こその鬼たちを縛る白いヒモは方言なのかなんなのか「ヒボ」と呼ぶのだそう。そして、亀甲縛りのヒボで難を封じ込めている存在なので、ココの鬼さんたちは「鬼は〜外〜」と追い出されたりしない。良い鬼さん認定されているのである。鬼役は、元々、厄年の男性が扮するモノだったのだが、鬼役をすると病気が治るなどという謂れもあり、最近は同じ人が何回かする場合もあるとかなんとか。
そもそもこの「鬼こそ」は、全国各地で節分の際に行われる「追儺式(おにやらい)」と同じもの。ただ、良い鬼なので退治されないという珍しいパターンなのである。

さて、その後、外縁を歩いた鬼たちはどうするのか?
本堂にむかって時計周りの方向に進む一同。法道仙人が外縁の端で歩みを止めると、等間隔で各鬼も順々に歩みを止めた。全員が止まったその時、松明を持った赤鬼は外縁の高欄に片足を乗せ観客の方を見据えると右手に持った松明を高く振り上げた。すると、何やら観客の空気がソワソワしだす。松明を手にした赤鬼の足元にいる子どもたは、さらに輪をかけて熱気が増しているような空気が漂ってくる。と、その瞬間、火がついたままの松明は赤鬼さんの右手を離れ、垂直に観客の中にポトンッと落とされた!子どもたちも大人たちも手から松明が離れたのを合図に松明に群がる!
「ええ!?」

そんな満員電車ほどの人がいたわけでもないけれど、でも、それでも、それなりの大人数がいる中へ火がついたまま!?コチラが驚いているのも束の間、その群衆の中から「取った!取ったー!」と子どもたちが嬉々として飛び跳ねている。男の子も女の子も突っ込んで行った様子。彼らの手の中には、火が消えた松明のかけらが握られていた。先っぽの方がほんのり黒く、先ほどまで火がついていたコトを物語っている。

祭や行事の中のコトで、危険だなんだと外野が何かと言って来る昨今。だが、昔と変わらぬ形でされているコト、そして、それを子どもたちが率先して楽しんでいるコトは、この行事が今後も受け継がれていくコトを約束されているような気がして私はならない。小学生のお兄ちゃんお姉ちゃんが楽しそうにしていると、必然と、その下の世代はそのお兄ちゃんやお姉ちゃんと同じコトがしてみたいと憧れを持つ。憧れて、実際に体験すれば、幼心に「楽しかった思い出」として残る。そうすれば、自分が大人になった時、自分たちの子どもたちにも、あのワクワクとドキドキを体験して欲しいと思うのではないかな?と。そして、落ちてくる松明を受けとっていた子どもだった人が、大人になり今度は鬼役をやり松明を落とす役を担う。ぐるぐるぐるぐるとそうやってそれぞれの想いが巡って行くからこそ、行事というものは連綿と受け継がれていくのだと思う。

昔は、松明の燃えさしをお灸をする際に使うと健康に良いと言われたり、かまどに焚べると悪い虫が入らないなどと言われていたそう。でも、きっと、今は、燃えさしは「鬼こそ」の想いを受け継ぐバトンのような気が、私はする。
今年の2月11日も、誰かがその想いのバトンを掴むのだろう?「取ったで〜!」と嬉々と飛び跳ねる子どもたちの姿が脳裏に浮かび、ふふっと顔がほころんでしまうのだった。


▪️竹林山 常勝寺
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