公式SNS
facebook
X
ロコ・ラボニュース ロコ・ラボニュース

奥会津の米農家の声から始まった、社会と田んぼを結ぶパートナーシップ構想

2026/03/05

米価格の高騰や品不足に振り回された、ここ数年。それは当たり前にあり続けると思っていた、“日本人の主食”の基盤が崩れつつあることに気づく機会でもあった。

黄金色の波が、揺れる。

そんな日本の原風景が、ほど近い未来に見られなくなるかもしれない。

さまざまな課題を抱え、危機を迎えている日本の農業。そこに新たな経済循環によって立ち向かおうとしているのが、「田んぼ倶楽部」だ。 代表・いわせ直美さんが描く、お米を「買うもの」から「共に育てるもの」へと変える新しい地方創生の形を追った。

美味しいお米をつくっても、届ける先がない

田んぼ倶楽部の活動の出発点には、ある米農家の切実な声があった。

「米はたくさん作れるのに、それを届ける流通手段がない」

都内のファーマーズマーケットで毎年、お気に入りの米を購入していたいわせさんに、信頼する農家からそんな相談が寄せられた。声をかけたのは、現在、「田んぼ倶楽部」の提携農家となっている、福島県の八木隆太さんと海上典子さん(グリーンフラッシュ)だ。

いわせさんと、提携農家グリーンフラッシュの八木隆太さん

八木さんが販売するお米は、希少価値の高いはざ掛け完熟米。

福島・奥会津の清らかな水で育てられた稲を機械乾燥させず、数週間かけて天日干しで自然乾燥させることで、米一粒一粒に旨みが行き渡り、ふっくらと甘みが引き立つ米になる。

販売先に困るとは思えない味わい。それでも、「消費者と繋がるための良い知恵はないですか」と、八木さんは困っていた。

10年持たないかもしれない。消えゆく田園風景への危機感

その相談をきっかけに、いわせさんは日本の農業が置かれている現状を調べ始めた。そこで知ったのは、想像以上に深刻で多岐にわたる課題だったという。

平均年齢70歳を超える農家の高齢化。猛暑の中での過酷な労働。後継者不足による、農作放棄地の増加。そして、流通の不安定さ。

八木さんはいわせさんに、こう語った。

「あと10年もしたら、この田園風景もなくなるかもしれません」 宮城県の広大な田園風景に囲まれて育ったいわせさんにとって、その言葉は日本という国の危機そのものに感じられた。

「お米は日本文化の象徴であり、日本人の心だと思うんです。そのお米や素晴らしい風景がなくなるなんてありえない」

かつてスペインで交通事故により生死を彷徨い、「生かされたこの命を、どう活かすか」自問自答し続けたいわせさんに、答えが生まれた。

日本の魂である「田んぼ」を守るのが私の使命。 こうして、2020年。生産者と生活者を結ぶプラットフォーム「田んぼ倶楽部」が走り出した。

農家の経営を支える「田んぼオーナー制度」という仕組み

田んぼ倶楽部の最大の特徴は、農家の経営安定を最優先に設計された収益モデルにある。その仕組みの一つが、「田んぼオーナー制度」だ。

「田んぼオーナー制度」とは、企業や個人が田んぼのオーナーとなり、生産者を直接支援する仕組み。支援者には収穫された米が届くだけでなく、現地ツアーや農作業体験などの機会も用意されている。企業がオーナーとなった場合、福利厚生とCSRを同時に実現できるメリットがある。

現在、日本の農業において大きな課題の一つが収支の不安定さだ。一般的な流通では卸売価格が抑えられ、資材費や労働力に見合わないコスト割れが起きる年も少なくない。

そこで田んぼ倶楽部は「農家さんにマイナスは一切出さない」という方針を掲げ、農家が納得できる定価(言い値)で買い取る仕組みをつくり出した。

「一番大変な思いをしている農家さんが、一番報われる仕組みにしたい。だから農家さんが存続していける価格で契約する必要があるんです」

さらに、申し込みの時期にも工夫がある。

2月にオーナー募集を開始し、3月にはその年の売り上げ見込みを確定させる。そのため農家が収穫後の販売を心配することなく、一年の計画を立てられる。

「最初に見込みが経つだけで、農家さんの安心感がまったく変わります」 先売りという仕組みがもたらす安定が、農家にとって精神的にも、経済的にも大きな支柱となっている。

企業が田んぼを持つ意味。「一社一田」の構想へ

福島から始まった「田んぼ倶楽部」の活動は、2026年現在、9農家へと広がりつつある。地域は、福島、京都、山形、長野、宮城、千葉と全国に広がる。参加するオーナーは、個人から企業までさまざまだ。

なかでもいわせさんが注力しているのが、安定して大口の契約につながる企業の参加を増やすことだ。

「企業が田んぼを持つことは、単なる社会貢献ではありません。社員の健康を守り、日本の文化を次世代へ繋ぐ。新しい投資の形になると考えています」

参加している企業は、飲食、不動産、金融など業種も多岐に渡り、その目的もCSR活動から福利厚生までさまざまだ。

福利厚生としては、社員の方にお米を配ったり、炊き立てのお米を昼食に提供したり。また農業体験を通して、社員やその家族との交流を深めるなど、さまざまな田んぼと米の活用方法を提案し、企業からの反応も上々だという。

「ブランド米」が生むストーリーと、新しい循環

企業向けの提案として「オリジナルのブランド米制作」プランも好評だ。

たとえば長野県の農家と契約した東京・神田の老舗ホテル「龍名館」では、収穫したお米を「龍名館米」とし、レストランで提供するほか、販売も行っている。

「自分たちの田んぼで育ったお米です」と紹介できることは、企業にとって唯一無二のストーリーとなる。

また、自社のロゴ入りの米袋に詰められたお米を、お歳暮やお年賀として取引先に配布している企業もある。

「日本の農業を支援しているという企業の姿勢が伝わる贈り物は、形だけの贈り物を超えるものがあると思います。お米は八百万の神が宿ると言われる縁起物。贈る側も受け取る側も、豊かな気持ちになれますよね」

いわせさんは、「すべての企業が田んぼを持つ時代をつくりたい」と語る。

一社一田。

企業の資本と関心が田んぼへと流れ込み、それによって農家の経営が安定し、人々は確かな食の安全を手に入れる。

「田んぼ倶楽部」は、そんな新しい循環を目指している。


次回後編では、田んぼが生み出す「関係人口」の創出や、地方創生の核となる「村づくり」の展望についてお伝えする。

写真/五十嵐美弥 取材・文/福田真木子 サムネイルデザイン/秋吉佐弥佳