
「今年は商品を卸せません」。発酵デザイナー・小倉ヒラクさんのもとに、各地のつくり手からそんな声が届き始めた。
発酵文化をデザイン視点で紐解き、伝えてきた小倉さん。発酵の現場の変化によって気付かされたのは、日本各地に継承されてきた小さな「伝統」の危機だった。
そもそも「伝統」とはなんだろうか。小倉さんは、新著『僕たちは伝統とどう生きるか』で、この問いに真正面から向き合った。発酵をはじめ、工芸や染色など日本を支えてきた「伝統」は、これからの地域にとって、どんな意味を持つのか。
前編では、本が生まれた背景と、現代の「伝統」論を巡る中で見えてきたことを伺った。
―新著ではこれまで小倉さんが取り組まれてきた「発酵」文化から、さらに深く踏み込まれ「伝統」という大きなテーマに挑まれました。なぜ今、伝統を問い直す必要性を感じたのでしょうか?
小倉 昨年(2025年)の春、僕が運営する発酵食品の専門店「発酵デパートメント」に、「今年は商品を卸せません」というお取引先さまからの連絡が相次ぎました。10件くらいはあったかと思います。理由は主に3パターンでした。1つ目が、気候変動による原料不足。2つ目は、地元で食べる人や後継者がいないことによる事業縮小。3つ目は、設備の老朽化や容器などの資材が手に入らなくなったことでした。

―発酵文化と環境や社会の問題はとても密接な関係にあるのですね。
小倉 当時、米価格の高騰が取り沙汰されていましたが、発酵文化も同じように、今、本当に危ないのかもしれない。そう思って、SNSなどで発信したところ、食品関係者だけでなく、工芸や楽器、建築関係などあらゆる分野のつくり手さんから「うちも同じです」と声が寄せられたんです。そこで気づきました。実は日本を支えている産業の多くが、発酵と同じように伝統産業なんだって。
―小倉さんにとって身近な発酵から、もっと大きなテーマが見えてきた、と。
小倉 そもそも僕はデザインの仕事から、発酵の世界に入りました。都会的な“個”の人間としての生き方から、何百年も前に暮らしていた人の世界観とシンクロする生き方に変わった。その接続によって、より健やかに生きられるようになりました。その理由を改めて「伝統」をキーワードに紐解いていこうと思い至りました。
―新著では「伝統とは何か」という根本的なところから、丁寧に解き直されていました。
小倉 この本は特に地方で伝統産業や、伝統文化に携わっているような、当事者の人たちに読んでもらいたいと思って書きました。今、つくり手の人たちは「自分がなぜこの活動をしているのか」、「なぜこれに惹かれ続けているのか」という、意味のようなものを求めています。それを見出してもらうためにも、原義と実践の両方から語っていきました。

―「伝統を大事にしよう」や「伝統は素晴らしい」だけでは、足りないということでしょうか。
小倉 そういった外からつくられた価値ではなく、自分の言葉で語れるようになることで、つくり続けることに価値や誇りを感じられるようになると思います。それを僕も見つけたいし、つくり続ける人たちにも見つけてほしかった。だからこそこの本では和辻哲郎や柳宗悦によって戦前戦中に語られ、そこで時が止まっていた「伝統とは何か」の解釈を、次の時代に向けてアップデートしていく必要がありました。
―小倉さんは伝統を「大文字の伝統」と「小文字の伝統」に分けて、伝統を語っています。これはどのような分類なのでしょうか。
小倉 「大文字の伝統」というのは、国や大きな集団が秩序のためにつくってきたものです。ルールや法律、信仰のような価値観など。文字で引き継がれ、権威を生み出すことで社会の安定を担ってきました。一方の「小文字の伝統」はコミュニティや地域の営みからボトムアップ式に生まれた、ものをつくるための伝統や文化を指しています。こちらは「つくる」という行為によって伝承されてきました。

―発酵文化はまさに「小文字の伝統」ですね。
小倉 そうですね。発酵は「小文字の伝統」の領域がほとんどです。日本酒には一部大文字的な面もありますが、味噌や醤油、お漬物なんかは完全に「小文字の伝統」の世界。そこには権威という概念がなく、日常にとどまって僕たちの生活を支え続けてくれています。そして新著で目を向けているのも、「小文字の伝統」のほうです。
―分けて語られていることで、土地に根付く小さな伝統の姿がとても浮き彫りになっていると感じました。
小倉 イメージはアルファベットの筆記体でした。文頭にくる大文字はカタチが変わらない。いっぽう文の連なりを担う小文字は、隣の文字を繋ぐために文脈によってカタチを変える。つまり大文字の伝統は変わらないようにすることが重要で、一方、小文字の伝統は形を変えながら生き延びて行く伝統なのです。社会は「大文字の伝統」と「小文字の伝統」が、織り混ざってできています。ですが、性質が違うこれらを同じ伝統として語ると、議論が行き詰まってしまいます。
―「大文字の伝統(TRADITION)」、「小文字(tradition)」という名付けにはそんな意味が! そして、小文字の場合は、伝統と言っても決して変わらないものではないのですね。
小倉 例えば、今回の本の中で紹介した長野の印刷会社。三代目である友人の祖母がタイプライター一台で創業した会社が、今では何億円もする印刷機が稼働する県内指折りの大手になっています。変わったように思うかもしれませんが、友人の祖母が手仕事の中で残した「心刷(しんさつ)」、心で刷るというコンセプトは失われず、それを引き継いで今の時代にあったクラフトプレスという事業が始まっています。

コアは変えないまま、時代に合わせて変化していく。それが小文字的なあり方。「小文字の伝統」は変わることが運命づけられていて、変わることで人々の生活に適応し続けてきたものなのです。
―小倉さんは世界の発酵文化も見に行かれていますよね。日本の伝統や発酵文化は、他国と比べて残っているほうなのでしょうか?
小倉 日本は先進国の中でもかなり例外的に「小文字の伝統」を残せてきた国なんですよ。他のアジアの国の発酵食文化に関わっている人たちと話すと、「日本が羨ましい」と言われることがあります。急速な近代化と工業化によって、家庭内だけでつくられているものか、大手の製品しかない、という極端な状況になっています。日本に多い地元の中規模メーカーや工房がつくるような、ローカルな発酵食品は商品としてはそこまで流通していないのです。

―でもそれが今、ついに限界を迎えている。残し続けるために、私たちができることはなんでしょうか。
小倉 伝統はつくる人と使う人の両方がいて、時間をかけてできあがっていくものです。「発酵デパートメント」2号店がある山梨が、日本一ワイナリーが多く、消費量も国内トップレベルなのは、ワインを飲む歴史が150年以上続いてきたから。山梨という土地の文脈の中で、つくる人と使う人がセットになって、そのような風土をつくりあげてきたのです。

伝統を残そうと話すときに、つい視点はつくり手側に向きがちです。でも使う人がいなければ「小文字の伝統」は生き続けない。だから僕は本の最後に、使う人に向けて2つの呼びかけをしています。買い支えること、そして自分でつくってみること。そうやって、一人ひとりが伝統の一部になっていけばいいんじゃないかなって。
後編では、「小文字の伝統」を地方創生にどう生かすのか。注目の事例を交えながら探っていく。
写真/黒石あみ
取材・文/福田真木子