日本を代表するアウトドアブランド『mont-bell』(モンベル)が、2022年7月に大人の生活誌『サライ』と、続く9月にアウトドア情報誌『BE-PAL』と包括連携協定を締結。日本のアウトドア業界に精通する3名が『アウトドアで豊かな人生を』をテーマに、モンベルの会報誌『OUTWARD(アウトワード)』にて鼎談を実施しました。
●モンベル代表/辰野 勇
1947年生。69年に当時世界最年少でアイガー北壁を登攀(日本人で2人目)した登山史に名を刻む名クライマー。豊富な登山経験と高機能繊維の知識を活かし、ハイスペックでリーズナブルなアウトドアウェアを世に送り出し、一躍日本、アジアを代表するアウトドアブランドに成長させた。72歳の時、マッターホルンにヘルンリ尾根から登頂。
●『BE-PAL』編集長/沢木 拓也
1971年生。小学館 第二ブランドメディア局プロデューサー兼『BE-PAL』編集室長。かつて早稲田大学在学中に所属したワンダーフォーゲル部の監督としても、後進の育成に励んでいる。
●『サライ』前プロデューサー/大澤 竜二
1964年生。小学館 第二ブランドメディア局チーフプロデューサー。『サライ』前プロデューサー、『BE-PAL』前編集長。高校時代からアルパインクライミングに没頭。ライフ ワークは山城巡り、登山史研究等。
辰野 本日は小学館が発刊するアウトドア誌『BE-PAL』の沢木拓也編集長と、シニア向けのライフスタイル誌『サライ』のプロデューサー(当時)、大澤竜二さんにお越しいただきました。このたびモンベルでは『サライ』に続き『BE-PAL』とも包括連携協定を結ばせていただいております。
沢木 よろしくお願いします。協定に掲げるモンベル7つのミッションの“地域活性化”や“子どもたちの生きる力”などは、どれも引き続き『BE-PAL』でも掘り下げていきたいテーマですので、我々もこれからの取り組みを楽しみにしています。
辰野 両誌を含めて現在、モンベルでは115カ所と協定を結んでおり、日本各地の自治体を中心に、企業や研究機関など多彩な顔ぶれとなっております。ユニークなところでは、北海道の網走刑務所で、手拭いやコースターなどのオリジナルグッズ製造を受刑者の方に担っていただき、社会復帰のお手伝いをしています。聞くところによると、小学館でも刑事施設との連携事業を行なっているそうですね。
大澤 ええ。小学館のグループ企業では、受刑者の方への更正プログラム等の提供を、現在5カ所の刑事施設で受託しております。
我々も総合出版社として、小さいお子さんから年配の方向けまで幅広くメディアを展開してきました。そこで培ってきたノウハウを活かした、社会貢献型の取り組みが増えています。今回の協定でも、アウトドアを通じた社会貢献を進めていければと思います。
辰野 協定にはモンベルのみならず、他の113カ所との連携も含まれますので、両誌の個性を活かして、日本各地での取材やイベントなど、さまざまなかたちで協働していければ良いですね。
『BE-PAL』では、キャンプやカヌー、サイクリングに至るまで、幅広くアウトドアの魅力を発信しておられます。椎名誠さんや野田知佑さんなど、歴代の執筆陣とともに、日本のアウトドア文化を盛り上げてこられました。創刊されてからもう何年になりますか?
沢木 41年になります。“永遠の入門雑誌”として、アウトドアをやってみたいと思った人が、一歩踏み出せるきっかけになるような誌面を心がけてきました。おかげさまで長らく発行してきましたので、読者の年代は40代を中心に10代から70代まで、3世代にわたっています。
我々は情報発信の面から、そうしたきっかけづくりを続けてきましたが、読者の方がアウトドアを始めるにあたって道具が必要になったときに、日本全国にモンベルの店舗があることは、次に進むためのとても大きなきっかけになっていますよね。
辰野 ありがとうございます。アウトドアの道具には流行性がありませんので、親世代が使っていたものを、引き続き子どもが使えることも少なくありません。道具だけでなく、野外体験を通じた知恵などの「生きる力」が、3世代にわたって受け継がれていくといいですね。モンベルもおかげさまで47年間継続してきましたが、アウトドアはブームという一過性のものではなく、文化として末永く受け継がれていくものだと思います。また個人の人生のなかでも、若い頃の一時期だけではなく、年齢を問わずに楽しめるものですよね。
『サライ』の読者の方は、比較的年齢層の高い方が多いとのことですが、何事にも前向きにチャレンジされる方が多いのではないでしょうか。
大澤 そうなんです。読者の多くは「アクティブシニア」と呼ばれる、50代以上の時間的にも経済的にも余裕のある方々ですね。旅行やグルメなどに関心が高く、教養を深めることにも積極的です。しかし、そういった経験豊富なシニアにとっても、アウトドアの体験にはまだまだ新鮮な喜びがあると思うんです。身近な自然の散策やカヌー、本格的な登山まで、アウトドアは楽しみの幅が非常に広い。継続していくことで、かけがえのない体験になっていくと思います。人生100年時代と言われる今後の時代に、アウトドアは大きな可能性を持っていると考えています。
辰野 アウトドアは生涯を通じて楽しめるものですから、7つのミッションで掲げる“健康寿命の増進”や“エコツーリズムを通じた地域活性”などについても、これから『サライ』の読者の方々と共有していければ嬉しいです。
私自身も、若い頃は困難な岩壁の登攀に命がけで挑んでいましたが、年齢とともに登山の第一線から退くと、今度はカヌーに興味が湧いてきました。始めてみるとこれが面白くて、自分の次の居場所を見つけられた気がしました。今では野筆や野点などの楽しみも増えました。無理せず、年齢やライフスタイルに応じた居心地の良い場所を見つけられることも、アウトドアのいいところだと思います。
大澤 昔と比べてアウトドアの概念がずいぶん広がってきましたよね。私が若い頃は、日本には登山と釣りとスキーくらいしかなくて、それぞれバラバラに活動していました。それが辰野さんがカヌーを始めて、野田知佑さんたちと一緒に川の魅力を発信するようになったり、モンベルを通じて幅広いジャンルのアイテムがユーザーに届くようになってから、登山もカヌーも海も「アウトドア」というひとまとまりの文化として認知されるようになってきました。
辰野 もとより日本には、野遊びを通じて自然に親しむ素地や文化があったわけですが、それが近年になってアウトドアという言葉で新たに浸透してきたのだと思います。我々が発行する山岳誌『岳人』でも、山に息づいている哲学や文化にフォーカスしてきました。
沢木 そうした山の文化は、今も日本各地で見られますよね。私の地元の愛知でも、木曽御嶽に登拝する「講」の文化が受け継がれています。西洋アルピニズムが入ってくる以前から日本にあった信仰登山や物見遊山の文化が、アウトドアに親しむ日本人の自然観の根底にあるのだと思います。
辰野 自然観、ということで言えば、“山には悪魔が棲む”と考えられてきた西洋の山では、登頂=征服という感覚が強いけれども、日本の山の場合は神がいると考えられてきたので「登らせてもらう」という感性がしっくりきます。
またこれは私の想像ですが、槍ヶ岳の播隆上人をはじめ、初登頂を成し遂げた先人たちも、信仰の目的だけではなく「あの山に登ってみたい」という、登山者としての強いモチベーションがあったように思います。そういう人間の性というか純粋な気持ちは、今も昔もあまり変わらないはずです。
大澤 麓から毎日のように眺めていたら、いつか登ってみたいという気持ちになるのが人間ですよね。自然は太古からそこにあるものですが、人間の感性や解釈が介在することで、自然観が育まれてきました。日頃からアウトドアを楽しむことは、そうした自然観と共鳴することでもあると思うんです。
沢木 さきほど、辰野さんから「居場所」についてのお話がありましたが『BE-PAL』読者のなかでも30代を中心に、居心地の良い場所を求めて2拠点生活を選ぶ人が増えてきています。都会で働きつつ、余暇は自然豊かな田舎でゆったり過ごすというライフスタイルです。仕事もリモートワークでやれる時代になってきましたから、経済活動中心の都会暮らしに限界を感じる人が増えてきたのかもしれません。
数日間の旅行で地方に訪れるのとは違って、四季を通じて自然の豊かさや暮らしを味わえるので、そこに価値を見出す人が多いようです。
辰野 それは面白い考え方ですね。若い世代が多いというのも素晴らしいと思います。私はとうとう後期高齢者の仲間入りを果たしましたが、振り返ると30代40代の頃は、自分の人生が永遠に続くものだとどこかで思っているんですよね。でも、実際には体力もどんどん下り坂になってくる(笑)。だから体力のある若いうちに、山里暮らしにチャレンジするのはとてもいいことだと思います。山里といっても、身近に自然がある地方都市の郊外から、本当の山奥での自給自足のような暮らしまで度合いもさまざまですので、自分が居心地の良さを感じる場所を見つけられるといいですね。
大澤 若い世代がどんどん地方に入っていくことで、地域も活気づきます。住居の整備をはじめ、地域側の受け入れ態勢も重要です。
沢木 最近では、しっかり予算をとって対応を進めている自治体が増えてきていますよね。空き家をおしゃれに改装して貸し出したり、廃校になった校舎を、設備の充実した快適な受け入れ拠点に作り替えたり。そういう事例がどんどん増えてくると、地方に移り住む垣根はもっと下がると思います。
辰野 モンベルにも各自治体の行政の方々から、そうした拠点作りなどのご相談をいただくことが増えました。改めて、東京一極集中から「地方の時代」への移り変わりを実感しています。
今年は北海道の南富良野という、人口約2300人の町に、北海道で一番大きなモンベルの直営店を出店しました。他の地域でも、熱心なオファーを頂いた地方自治体とのコラボレーションが実現し、さまざまな化学反応が起こっています。
大澤 私も取材などで各地を訪れると、モンベルとの取り組みについて見聞きすることが増えました。自然豊かで魅力的な地域は日本中にありますが、これまで取り組みを進めてこられた各地域では、どんなところに視点を置かれてきましたか?
辰野 やはり、美しい自然だけでなく、そこに根ざした人の営みや歴史、文化が大事だと考えています。『岳人』もまさに“山”と“人”。山だけではなく、そこに人が関わるからこその魅力があり、自然との繋がりもいっそう豊かになります。
大澤 先日、福島県の三春町で包括連携協定の調印式にお邪魔したときにも、まさに人の魅力を感じました。現町長は大変面白い方でしたし、町の歴史として登山家の田部井淳子さんにまつわる物語がある。豊かな自然に加えて、その地域ならではの人の魅力には、心惹かれるものがあります。さきほどの2拠点生活の場を選ぶにしても、そこに憧れるライフスタイルをしている人や、心を許せる仲間がいるなど、人との縁がきっかけになることも多いのではないかと思います。
辰野 そうですね。そういう面で、エコツーリズムは「人ツーリズム」であるとも言えます。モンベルで推進しているジャパンエコトラックも、豊かな自然の中をカヌーや自転車などの人力で旅しつつ、地域の歴史や文化、人々との交流を楽しもうというコンセプトです。現在、全国に輪が広がりつつあります。
沢木 我々もメディアとして、そうした地域との関わり方の魅力を、さまざまなかたちで発信していきたいと思います。
辰野 『BE-PAL』、『サライ』、モンベルそれぞれの持ち味を発揮しながら、これから各地での地域おこしのお手伝いに取り組んでいきたいですね。本日はどうもありがとうございました。