美しく、おいしい和牛はどのように生まれ、育てられているのか。日本一の牛を育てた鹿児島の畜産農家を訪れると、そこは昔ながらの自然と最先端の科学、そして牛を愛する飼育主の姿があった。
ムォーーォ。大勢の子牛が上げる鳴き声が、あちこちから聞こえる。鹿児島空港から車で15分ほどのところにある「姶良中央家畜市場」。ここでは毎月1回、2日間にわたって子牛のせり市が行われ、姶良地区から集められた500~600頭程度の子牛がせりにかけられている。
子牛といえど300kgを超える個体も多く、引綱を持つ人が体重をかけ全力で引っ張らねば移動させられない場面も。せり場は半円形の階段教室のようになっており“舞台”に引き回されてくる子牛を、目利きたちが鋭い視線で見つめている。
モニターには「生産者名」や「父母や祖父母の名前」「生年月日」「飼料」といった牛の情報が並び、入場番号のアナウンスと同時に開始価格が表示され、せりが始まると、価格はどんどん上がり競り合いに。鹿児島県は黒毛和種の飼養頭数が約32万頭で全国1位。鹿児島で生まれ、他県の銘柄牛となる牛も少なくない。
5年に1度開かれ“和牛オリンピック”とも称される「全国和牛能力共進会」。鹿児島県のブランド牛「鹿児島黒牛」は、2022年10月開催の第12回大会で全9部門のうち6部門で1位(農林水産大臣賞)を獲得した日本一のブランド牛だ。肉用牛繁殖雌牛の飼養頭数は11万7800頭、肥育牛(肉用種)の飼養頭数は14万2700頭とともに全国1位で、シェアは2割を占めるなど、生産数としても日本一だ。
和牛オリンピックで最高の名誉「内閣総理大臣賞」を獲得した畜産農家で、人工授精師としても活動する藤山粋さん(47才。上写真は、妻の美佐さん)が自身の牛舎を前に話す。「他県の人から『鹿児島県はなぜそんなにいい牛が育つんですか』と聞かれますが、官民をあげていい牛を作りたいという強い情熱があるんです。農家も行政も同じ方向に向かって一体になってこそ、鹿児島黒牛という素晴らしい牛が育っています」