※この記事は「サライ.jp」に掲載されたものです。
北海道の南西部、太平洋に面する白老町。新千歳空港からJRで約40分、札幌からも1時間ほどの距離という、訪ねやすい場所である。町には植物起源の有機物を含んだ珍しいモール温泉が湧き、この湯を存分に堪能できるのが、ポロト湖畔に位置する『界 ポロト』である。また、この地は古くからアイヌ民族の集落として知られ、2020年にオープンした『ウポポイ(民族共生象徴空間)』が宿に隣接する。
じつは山脇さんはアイヌ文化が豊富に紹介される漫画『ゴールデンカムイ』全巻を読破。アイヌ民族の文化に触れたいと、以前ウポポイを訪ねていたが、『界 ポロト』は初めて。わくわくしながらエントランスに到着。
「え、ここが宿の入り口? とちょっと戸惑いました」と山脇さんが驚くように、シンプルな意匠の入り口から進んでいくと、視界が開け白樺が並ぶアプローチへ。あっという間に、この施設の世界観へ誘われていく。ロビーの正面には湧水が引かれた池があり、その先にはポロト湖が続き、館内にも白樺の柱が林立。周辺の自然と溶け込むような雰囲気だ。
そして、この宿を象徴する暖炉が鎮座。暖炉は、アイヌ民族が火を囲み集う場を踏襲して設置されている。施設がコタン(集落)で、その中心に“火”の神様(カムイ)がいるというストーリーだ。暖炉の前に座り、アイヌ民族のお茶「野草茶」を味わい、まずはひと休み。
「ここから見れる景色はとても気持ちを和やかにしてくれますね。心が落ち着きます」(山脇さん)
さっそく客室にチェックイン。客室はすべてポロト湖に面するレイクビュー。ご当地部屋「□の間(しかくのま)」と呼ばれ、アイヌ民族の伝統的住居“チセ”から着想を得て設計。テーブルはチセの中心にある炉をイメージし、アイヌ文様の壁紙やクッション、アート作品が飾られ、落ち着いた佇まいだ。客室にも白樺の柱が配されていて、特別室にはテラスと露天風呂が付く。
「水と森と空だけ。なんて贅沢な眺めでしょう! できることなら、3日、いや1週間か10日はここで過ごしたい!」と山脇さんは大満足の様子。日本ではない、どこか北欧の国に来たのかと錯覚するような雰囲気だ。
さっそく、お楽しみの温泉へ。入浴の前に、温泉についての解説「温泉いろは」もぜひ聞いておきたい。湧き出たときからコーラ色のモール温泉は太古の時代から長い年月をかけて堆積した植物による亜炭層という地層を通るという成り立ちや、温泉を五感で楽しむコツなどを短時間で伝授してくれる。
ロビーから見えていた赤銅色のとんがり屋根の湯小屋が「△湯」(さんかくのゆ)。この湯小屋は、アイヌ民族の家屋の屋根の特徴である丸太組みの三脚構造(ケトゥンニ)を基本構造としている。湯上がり処にはトドマツの丸太が組まれ、その構造がよくわかる。この湯上がり処からのポロト湖の眺めも素晴らしい。ポロト湖では冬はワカサギ釣りが楽しめると知り、山脇さんは「絶対絶対また冬に来たいです」と大興奮だった。
「△湯」は内湯に続き露天風呂が広がる構造で、ポロト湖に続くようだ。温泉はまるで体に濃いローションを塗っているかのようで、潤い成分のメタケイ酸は200以上ある美肌の湯である。山脇さんも温泉の素晴らしさに心を奪われたようだ。
「想像をはるか上に越えていく素晴らしさでした。間違いなく人生ベスト3に入る湯です。露天風呂へのアプローチがユニークで、赤茶色の湯の暗い室内から、一転して明るい露天風呂へ。この暗闇から光へのアプローチは、夜が明けるとか、なにかが解決する、なにかがわかった! といったニュアンスに通じて、なんども行き来してしまいました。露天風呂からは湖にいる魚の姿も見えました。ここから出てそのまま湖に入ったらさぞやみんな驚くだろうなーと思いながらお湯に浸かっていました。日中は湖を、夜は星を眺めて入りました」
もうひとつ、「〇湯(まるのゆ)」という、ドーム天井の丸い穴から光が差し込む神秘的な雰囲気の温泉もある。
夕食は北海道の食材を中心に構成された会席料理。先付はジャガイモのすり流しにいくらとキャビアをのせたもので、ヒグマの置物と一緒に登場する。「山の神」とも呼ばれるヒグマに感謝し、食事がスタート。
煮物椀を挟んで、八寸やお造りなどが盛られる「宝楽盛り」が登場。なんと、アイヌ民族が使っていた丸太の舟を象った器の上に、様々な料理がふんだんに盛り付けられて供される。八寸はサーモン棒寿司、つぶ貝の柔らか煮など、お造りはぼたん海老、ニジマス、鰈。そして酢の物はなまこぽん酢だ。
このあと、脂ののったキンキの酒蒸しや牛肉の陶板焼きを経て、台の物は毛蟹と帆立貝の「醍醐鍋」である。ブイヤベース風の濃厚な鍋で、毛蟹と帆立貝の旨みが凝縮されている。鍋の〆は雑炊で、チーズを加えて旨みをプラスして味わう。
「どれも北海道を感じられるお料理なのがとてもよかったです。なかでもお造り。私は魚の国・九州の長崎で育ったので、ほかの土地で刺身に感動することはあまりなかったのですが、この地ならではの美味しさで、魅力に開眼しました」と、山脇さんは北海道の日本酒とともに楽しんだ。
夕食後は、ロビーで「コタンの宵の集い」に参加。アイヌ民族にとってお酒は、願いや祈りを捧げる大切な儀式に欠かせないものという。北海道のウイスキー、ジン、ワインなどの中から好みのお酒を選び、この時間に感謝しながらグラスを傾ける。ひとり旅だからこそできる、静かに自分と向き合うひとときを堪能できる。
静謐な滞在を満喫した翌日。まずは朝食。小鉢やメヌケの焼き物、珍味とともに味噌味の鮭とジャガイモのすり流し鍋が存在感を放つ。“オハウ”という山菜や肉、魚などを入れて煮たアイヌ民族の汁ものから着想を得ていて、やさしい味わいだ。これにバターを加えるとぐっとコクが増す。
食後はトラベルライブラリーで、カモミールやカレンデュラ、ラベンダーなどのハーブでつくるオリジナルのハーブティーを。ここには北海道の歴史や文化、自然、工芸にまつわる本が並ぶ。
「並べられたタイトルを見るだけでも好奇心を刺激されました。夜はここから本『イヨマンテの夜』をお借りして、部屋でゆっくり読み、ひとりだからこそ、のとても良い時間を過ごせました」(山脇さん)
チェックアウト前に、ご当地の文化を体験するご当地楽「イケマと花香の魔除けづくり」を体験する。木の化石のような“イケマ”は根、魔除になる植物の根の意味で、その根茎を儀式などに使い、魔除けとして日常的に身につけていたとのこと。手順に従ってイケマとハーブを袋で包むお守りを作る。山脇さんは作ったお守りをさっそく自身のバッグに付けた。
チェックアウト後には、スタッフが案内する「ウポポイ園内ツアー』に参加。2023年12月から始まった「ウポポイ園内ツアー」はアイヌ文化をより深く知る宿泊者限定のアクティビティである。
『界 ポロト』の館内には、随所にアイヌ民族の暮らしや文化から着想したモチーフが見受けられたが、『ウポポイ』園内で解説を聞くことで、改めてその文化を確認するというもの。特典として、スタッフが選ぶ「おすすめアイヌ語カード」とフォトアルバムがプレゼントされる。
山脇さんの「おすすめアイヌ語カード」は“ヌプリ”。山脇さんの苗字“山”のアイヌ語だ。ツアーの後も、園内の博物館などを丹念に見て回り、アイヌ文化に浸り、滞在を締めくくった。
北海道白老郡白老町若草町1-1018-94
電話:0570-073-011(界予約センター)
料金:1泊3万1000円~(2名1室利用時1名あたり、サービス料・税込み、夕朝食付き)
山脇りこさん
長崎生まれ。料理家・エッセイスト。「きょうの料理」(NHK)をはじめ、テレビ、ラジオ、雑誌などで活躍中。『明日から料理上手』(小学館)のほか、台湾料理の本など台湾関連の著書も多い。旅のエッセイ『50歳からのごきげんひとり旅』(大和書房)が12万部を越えるベストセラーに。
「界」は星野リゾートが全国に展開する温泉旅館ブランドです。「王道なのに、あたらしい。」をテーマに、季節の移ろいや和の趣き、伝統を活かしながら現代のニーズに合わせたおもてなしを追求しています。また、地域の伝統文化や工芸を体験する「ご当地楽(ごとうちがく)」、地域の文化に触れる客室「ご当地部屋」が特徴です。
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