bepal BE-PAL地方創生研究所

国産ホップが減少するなか、サッポロビール開発のホップ「ソラチエース」を生産拡大する意義とは

2024/11/05

※この記事は「ビーパル」に掲載されたものです。

ソラチエースというホップをご存知だろうか。サッポロビールが開発し、1984年に品種登録、今では世界的な人気を誇る。その登録40周年を記念し、ソラチエースを使用したビールが羽田空港のイベント会場でお披露目された。サッポロ、キリンの大手2社とクラフトビールブルワリー3社による異例の共同イベントだった。そこに込められた意味は何だったのだろうか。

クラフトビール関連記事はこちら

国産ホップの生産量が減りつづけている!

近年のクラフトビール人気で、ブルワーからもビールファンからも注目が高まっているホップ。麦芽、酵母、水とならび、ホップはビール造りに必要不可欠な原料だ。

生産地は、北半球では北緯35〜55度、南半球でも南緯35〜55度が適正地とされる。いわゆるホップベルトだ。日本でいうと、北海道から兵庫県あたりまでとなる。主な生産国はアメリカとドイツ。ホップ畑の作付面積は両者で全世界の生産量の7〜8割を占める。日本の作付面積は80ha(2022年)で、世界の0.1%に過ぎない。

といっても、日本のホップ生産の歴史が浅いわけではない。1876年、北海道でサッポロビールの前身となる開拓使麦酒醸造所が開業した当初から、ホップ生産の取り組みは始まった。その後、生産地は東北、長野、山梨などに広がっていった。品種も、信州早生、IBUKI(いぶき)、ソラチエース、リトルスター、ムラカミセブンなどなど、日本独自の品種が数多く生まれている。

しかし生産量となると、1970年代から始まった下降に歯止めがかからない。直近15年を見ると、2008年の446トンから2023年の123トンと、約4分の1まで激減している。

ほかの農作物にも共通するが、その要因は人手不足だ。ホップは収穫時にかかる労力が特に大きく、高齢の農家にはきびしい農作物に数えられる。機械化が必須なのだが、まだ十分に進んでいない。

そもそもビール主原料の麦芽とホップは莫大な量が使用されるため、すべて国産で賄うというのは現実的ではない。実際、大手のビールは水と酵母以外は、ほぼ輸入と言われる。それでもホップの品種を開発し、生産技術を高め、自前の生産能力を維持することは大切だ。

北海道空知郡上富良野のサッポロ原料開発研究所のホップ畑。

国産ソラチエースの畑を拡大中

きびしい状況ではあるが、大手も手をこまねいているわけではない。国産ホップを盛り上げたい、その主旨のもと、ソラチエースの品種登録40周年に合わせた共同イベントが開催された。

羽田空港第3ターミナルのイベント会場で開かれた「ソラチビアガーデン」体験会。左から木内酒造1823の洋酒製造部ゼネラルマネジャー谷幸治さん、サッポロビールのSORACHI1984ブリューイングデザイナー新井健司さん、キリンビールのブルックリンブルワリー・ジャパンコマーシャルダイレクター金惠允さん、ヤッホーブルーイングの醸造ユニットディレクター荒井隼人さん、忽布古丹醸造の代表取締役堤野貴之さん。

ではソラチエースとはどんなホップなのか。まず、その経歴を紹介しよう。

ソラチの名は北海道の空知にちなむ。サッポロビール原料開発研究所の所在地、上富良野がある地である。その畑で開発されたホップが1984年に品種登録された。ソラチエースは明確な個性を持ったホップだ。ヒノキやレモングラスを思わせる香り。ディルというハーブ様の香り。複雑でありながらフルーティさ、爽やかさを併せ持つ。これだけ際立つ個性があるからこそ品種登録されたのである。

しかし当時の日本のビール業界でソラチエースは苦戦する。ホップはビールに苦味や香気を与え、泡の形成、抗菌作用などの役目をもつが、40年前の日本で好まれたのは爽快にゴクゴク飲めるビールであり、ホップに強い香りは求められていなかった。

日本では日の目を見ぬまま、1994年、ソラチエースはアメリカに渡る。アメリカでも苦戦は続くが、2002年、ホップ農家のダレン・ガメシュ氏がその個性に注目した。これにニューヨークの当時新進気鋭のブルックリンブルワリーのヘッドブルワーが惚れ込んだ。そして2009年、ソラチエースを使用した「ブルックリンソラチエース」をリリース。すでにクラフトビール人気の高いアメリカで、ソラチエースが初めて注目を浴びた。その強烈なキャラクターに世界の醸造家たちは一目置いた。間もなくヨーロッパにも渡る。日本の親元に帰ってサッポロビールから商品化されたのが2019年のことだ。品種登録から実に35年が経っていた。

ソラチエースの特徴的な香りはレモングラス、ヒノキ、ディル(ハーブ)。ボトルはブルックリンブルワリーの「ブルックリンソラチエース」、缶はサッポロビールの「SORACHI 1984」。

国産ソラチエースの生産量はまだとても少ないため、「SORACHI 1984」に使用されるソラチエースは、多くがアメリカ産である。ホップも麦芽もコストを考えると圧倒的に輸入が有利とされる。しかしサッポロは国産ホップの将来を考え、2020年以降、生産量の拡大を図ってきた。2020年に30アールだった作付面積は2023年には360アールと拡大している。

サッポロのソラチエースブリューイングデザイナー新井健司さんは、「いつかは日本産ソラチエース100%を」と目標を掲げる。アメリカ産と日本産で、香りに大きな差があるわけではないが、「テロワールといいますか、その土地の風土、気候などによる特徴はあります。日本産はソラチエースの特性がよりはっきり出るように思います」と語る。

クラフトの醍醐味!造る人が違うとビールはこんなに違う

生産量が増えたことから、今年初めて、サッポロは他社に国産ソラチエースを販売した。そしてそれを使ったビールを飲み比べてみようという企画が、さる9月7日〜8日に羽田空港で開かれた「ソラチエースガーデン」だ。

参加ブルワリーはサッポロの他、キリンビールとの共同出資会社であるブルックリンブルワリー・ジャパン、常陸野ネストビールブランドの木内酒造1823、「よなよなエール」や「水曜日のネコ」などで知られるヤッホーブルーイング、北海道・上富良野にある忽布古丹(ほっぷこたん)醸造の合計5社。

特に、このイベントに向けてリリースされた木内酒造1823、ヤッホーブルーイング、忽布古丹醸造によるビールは三者三様。これぞクラフトビールというバリエーションが楽しめた。

(左)ヤッホーブルーイングからはソラチエース特有のココナッツのアロマを活かした「上富良野産ソラチエースDDH Hazy Double IPA」。公式ビアレストラン「よなよなビアワークス」でも数量限定で提供。(左から2番目)木内酒造1823は自社で製麦した国産モルトと酒米を使った“オールジャパン”の「常陸野ネストビール NIPPONIA 2024」を披露。(中央)忽布古丹醸造からはソラチエースと地元で育てたカスケード、中標津産の麦芽を使った国産原料100%のアメリカンIPA「epitta(エピッタ)2024−Sorachi Ace IPA−」。(右から2番目)サッポロビール「SORACHI 1984」はソラチエース100%のゴールデンエール。(右)ブルックリンブルワリー「ブルックリンソラチエース」はレモングラスやシトラスのような爽やかな香りが全開のセゾンスタイル。

同じ品種でも醸造方法や他の原料との組み合わせで、これほど多様な味わいが生まれる。ビールの楽しさが存分に発揮された飲み比べであった。

15年前からソラチエースを使ったビールを造りつづけてきた木内酒造1823の谷幸治さんは、「ローカルであること。国産原料を用いた日本ならではのビールづくりに挑戦しつづけたい」と話す。今回初めてソラチエースを使ったビールを醸造した忽布古丹醸造の堤野貴之さんは「他のホップに代用できない個性があり、使いこなすのには経験が要る」、同じく初めての挑戦になったヤッホーブルーイングの荒井隼人さんは、「ウッディかつトロピカルな要素を併せ持ち、他のホップの香りも引き立たせる。他のホップに替えられない」と話す。その唯一無二ぶりが醸造家のコメントから感じられる。

そしてサッポロの新井さんは、「ビールをホップで選ぶ楽しさもある。ビールの楽しみを広げていきたい」と語る。

すでにクラフトビールマニアの間では、ホップの品種は話題のタネであり、その違いをああだこうだと言いながら楽しんでいる。マニアでなくても、ホップの違いでビールの風味が変わるのは楽しい。それが国産であれば話題性はさらに高まる。何より自前の原料生産は末永くビールを造りつづける上で欠かせない。大手サッポロがソラチエースのホップ畑を拡充していくことには大きな意味があると思う。

<私が書きました!>
ライター/佐藤恵菜
ビール好きライター。日本全国ブルワリー巡りをするのが夢。ビーパルネットでは天文記事にも関わる。@DIMEでも仕事中。