※この記事はオンライン教育情報メディア「みんなの教育技術」に掲載されたものです。
全国各地の気鋭の実践者たちが、SDGsの目標に沿った授業実践例を公開し、子どもたちの未来のウェルビーイングをつくるための提案を行うリレー連載。第5回の提案者は、鳥取県の木原一彰先生です。
執筆/鳥取県公立小学校教諭・木原一彰
編集委員/北海道公立小学校教諭・藤原友和
はじめまして。木原一彰(きはら・かずあき)と申します。鳥取県の公立学校に勤務をしております。教員生活三十数年のほとんどを担任として過ごし、今年度も6年生を担任しております。
この間、道徳科の学習を中心に実践研究を進めてきました。最近は、道徳科の学習において現代的な諸課題をどう扱うかについて考えることが増えました。
今回は、SDGsのGoal 2「飢餓をゼロに」をテーマに取り組んだ授業について紹介したいと思います。
日本ユニセフ協会「持続可能な世界への第一歩SDGsCLUB」によると、「世界を生徒40人の教室だと考えると、その日食べるものがない、明日以降も食べ物をえられるか分からない状態の人が4人もいます」と書かれています。
また、世界の飢餓人口は2014年度を境に増加に転じ、「栄養不良は、子どもたちをおそう静かな緊急事態」であることが明示されており、「2030年までに、飢えをなくし、貧しい人も、幼い子どもも、だれもが一年中安全で栄養のある食料を、十分に手に入れられるようにする」ことが、目標の1つに掲げられています。
日本では、「飢餓」という言葉を具体的にイメージすることは難しいように思えるかもしれません。
しかし、飢餓と対極に位置付けられる飽食と食品ロスの問題、経済的な格差によって生じている貧困と子ども食堂等に代表されるフードシェアリングの問題など、現代的な諸課題の観点から、「飢餓をゼロに」について学ぶことは重要であると考えます。
そのために、子どもたちが食品ロスに関する現状を知り、その問題の根幹にある人の心のありようを見つめ、Goal 2「飢餓をゼロに」に関する自己の生き方についての考え方を深める学習を構想する必要があるだろうと考えました。
●学年:6年生20人
●教科及び領域:道徳科
●内容項目:A3「節度、節制」
●ねらい
日本の食品ロスの実態を知り、食品ロスに関する2つの事例について比較して考える活動を通して、食品ロスの削減に向けて自分たちにできることについて考え、節度を守って節制に心がけようとする実践意欲と態度を育てる。
●教材:「食品ロスをどう防ぐ」(自作)
●授業展開
(1)これから、賞味期限切れなどの理由で廃棄される大量の食品の写真を提示します。写真を見た感想を交流しましょう。
●まだ十分に食べられそう。
●賞味期限が切れているから捨てられているのはわかるけれど、もったいない。
●こんなふうに捨てられているなんて初めて知った。
食品ロスの実際の様子を目の当たりにし、子どもたちからは「もったいない」という率直な感想が出されましたが、どこか自分とは関係のない世界のような雰囲気も感じられました。
そこで、日本で1年間にごみとして処分される食品の量が612万トンであること、これが世界全体の食糧援助量をはるかに超えていること、国民1人当たり毎日茶碗1杯分の食べ物を捨てていることになることを伝えました。
これは、子どもたちが食品ロスの実態についての知識を獲得し、現実の問題として理解することをねらっています。
(2)食品ロスに関する2つの事例を紹介します。この2つを比べたとき、あなたが、「これはより問題が大きいだろう」と感じるのは、どちらの事例ですか。
子どもたちに食品ロスに関する2つの事例を紹介しました。
事例1は「新型コロナウイルスによる緊急事態宣言のため、売れ残った食品が廃棄され、大量の食品ロスが発生した事案」、事例2は、「SNSにアップする写真を撮るために、食べきれないとわかったうえで注文したことにより、大量の食品ロスが発生した事案」です。
どちらも食品ロスに関わる事例ですが、この2つのどちらが「より問題がある」と感じるのかについて子どもたちに問いました。私の学級の場合、20名の児童全員が、2つ目の事例により問題があると考えました。
そこで、子どもたちに「どちらも同じ、食品ロスの事例です。でも、もし、『事例2の方が、問題ではないか !?』と判断するのならば、そう感じた理由の中に、大切にすべき心の問題があるのではないでしょうか?」と語り、(3)の問いに移りました。
(3)なぜ、私たちの多くは、「インスタ映え」が目的の食べ残しに、より大きな問題を感じるのでしょう。
「節度、節制」に関する価値理解に必要な要素として、食品ロスの具体的な事例を比較することで得た違和感の源泉を追求する問いです。子どもたちから出された意見は次の通りです。
●事例1は仕方のないことだけれど、事例2はちがう。
●バズりをねらうために食品をむだにするという考えがアウトだと思う。
●事例2は自分さえよければいいという感じがする。
●自分の欲望のために食品を使っても別に自分は困らないという感じがする。
●お金は払うんだからいいだろうという気持ちが見える。
●いけないことだとわかっているくせに、こういう行動には、人間の嫌なところが出ている。
●ものを大切にするとかそまつにしないとかいう思いが事例2からは感じられない。
●世の中には、食べられないで困っている人もいるのに、何をしているんだと感じる。
2つの事例を比較して芽生えた思いや考えを交流することで、子どもたちの感じた嫌悪感の根本に、節度の欠如があることに気付くことができました。
そして、道徳的価値への理解を深めることによって、自分は節度をもった生き方を実現するためにどうありたいか、という方向に思考が向き始めていると感じられました。
そこで、食品ロスの問題を解消するために、取組を始めている自治体や、NPOなどの団体の具体的な取組について、次の事例を提示しました。
●神戸市では、毎年10月を「食品ロス削減月間」とし、市内全域で食品ロスをなくすための運動を行っている。全国各地の自治体でも、こういった取組が進められている。
●賞味期限前に捨てられる食料については、地域の子ども食堂の材料としても活用され始めている。子ども食堂は、様々な事情でご飯を満足に食べられない家庭を支援するための取組で、多くのボランティアや学生たちに支えられている。
●食品ロス削減は、SDGsの目標を実現するうえでも重要だと考えられており、日本だけでなく、世界全体で考え、解決すべき問題である。
これらの具体的な取組についての知識をふまえ、子どもたちに最後の問いを投げかけました。
(4)食品ロス削減のために、たとえ小さなことだとしても、あなたにもできる何かがきっとあるはずです。今のあなたに何ができると考えますか?
子どもたちは、
●食品ロスを削減するために、ポスターを考えて学校のみんなに呼びかけたい。まずは、食品ロスがどんなことかを知ってもらうことが大切だから。
●給食委員会なので、なるべく食べ残しを減らすように呼びかける放送をしたい。無理して食べるのではなくて、みんなで量を調節すれば、食品ロスを減らすことができる。
●「いただきます」 「ごちそうさま」の言葉を大切にしたい。今日の学習で、食品ロスは感謝の心がなくなってしまうことから始まっていると感じたから。
●「無駄づかいをしない」とか、言葉ではよく聞くけれど、心がけだけじゃなくて、ふだんの小さなことから見直すことから始めたい。
食品ロス削減に向けた取組を知ったうえで、食品ロス削減のために自分にできることは何かについて考えることで、「節度、節制」についての価値理解を基盤とした道徳的実践意欲と態度のスタートラインに立つきっかけになったと感じました。
●評価について
●SDGsの目指す「飢餓をゼロに」について、理解できる。
●食料問題について、食品ロスに関する社会の現実をもとに考えることによって、その根底にある道徳的価値についての理解を更新することができる。
●自分たちにできることを考え、実践意欲や態度を高めることができる。
【成果】
●「飢餓」という日本社会ではあまりなじみのない問題について、その対極にある「食品ロス」の問題を通して、日本社会の現実に即して考えることができた。
●「食品ロス」に関する2つの事例を比較して考える活動によって、子どもたちが、自分の心の中に生じた違和感の源泉を追求しようとする態度で考えることができた。
【課題】
●日本社会の現実から「飢餓をゼロに」について迫ることはできたが、この目標の達成のために学ぶべき要素は他にもある。それらをこの学習とどのように関連させ、位置付けていくかを構想する必要がある。
【他教科・多領域とのつながり】
SDGsをはじめとする現代的な諸課題についての学習を構想する場合、1つの教科・領域だけで学習を構想することは効率的とは言えません。
社会科や理科、家庭科、総合的な学習の時間などから、学習に必要な知識等を見出し、それらを順序立てて単元として位置付けることが求められるでしょう。
「飢餓をゼロに」の場合、社会科の食糧生産についての学習、理科の生物同士のつながりについての学習、家庭科の消費者教育に関する学習など、多くの他教科・領域との関連付けが考えられます。
【参考ページ】
日本ユニセフ協会「持続可能な世界への第一歩 SDGs CLUB」
https://www.unicef.or.jp/kodomo/sdgs/17goals/1-poverty/