1300年以上の歴史を持つ「嬉野温泉」、500年以上にわたり愛されてきた「うれしの茶」、400年以上の伝統を誇る「肥前吉田焼」。これら3つの地域文化を有する嬉野市では、何百年もの時を超えて受け継がれてきた文化を生かし、地域資源の高付加価値化に取り組んでいる。その取組について、株式会社和多屋別荘 代表取締役 小原嘉元さんに話を伺った。
【小原嘉元(こはらよしもと)さん】
1977年、嬉野市生まれ。佐賀県嬉野温泉の旅館「和多屋別荘」の代表取締役。
2000年に大学を中退し、株式会社和多屋別荘へ入社するも家業の不振により、退職。その後、旅館再生コンサルタントとして約10年にわたり全国70軒の温泉旅館の再生に携わる。2013年に和多屋別荘の代表に就任し、これまでに培った発想力と人脈で経営危機を乗り越えた。また、旅館経営だけでなく、「嬉野茶時(うれしのちゃどき)」など、嬉野に新風を呼び込む多彩な事業をプロデュース。嬉野温泉、うれしの茶、肥前吉田焼という3つの地域文化が生み出す本来価値をツーリズム・食・旅館を通して次代へつないでいる。
小原さんは、「温泉・お茶・磁器、3つの地域文化を目に見えるようにしたものが旅館である」と考える。もし、このうちのどれか1つでも失われれば、嬉野の旅館はたちまち成り立たなくなるだろう。
「直近の100年で嬉野が生み出した最高のプロダクトは旅館であり、地域文化によって旅館業や観光業は支えられてきた。だからこそ、食料危機や人口減少などの地域課題に対し、嬉野にある33の旅館は地域のために積極的に取り組まなければならない」と小原さんは語る。
嬉野の魅力は、温泉・お茶・磁器が何世代にもわたって受け継がれてきたことにある。これらは地域経済の基盤であり、もし失われれば旅館業を含む嬉野の産業全体が衰退してしまうだろう。では、地域文化を守りながら、どうやって発展させていくのか。和多屋別荘をはじめとする嬉野での取組をいくつか紹介する。
2016年、小原さんを含む、嬉野の茶農家や料理人、磁器作家らの有志メンバーが集まり、「嬉野茶時(うれしのちゃどき)」というプロジェクトを立ち上げた。これは嬉野に住む人々が3つの地域文化を軸に、物質的価値を超えたサービスを提供する取組である。
2016年夏に開催されたイベントでは、地元の料理人が地元農家の生産した食材を使って料理を作り、茶農家がうれしの茶を淹れ、肥前吉田焼の作家がこのために作った器で料理やお茶を提供。3日間で約350人が訪れ、これまで旅館で無料提供されるのが当たり前だったお茶に、器・空間・職人の技を掛け合わせることで、1杯800円という新たな価値を生み出した。
「嬉野茶時」などの取組がメディアに取り上げられたことで、都内のラグジュアリーホテルで定期的に「うれしの茶」のイベントを開催するまでに至った。しかし、イベントを重ねる中で、「本当に伝えたい価値は何か」と原点を見つめ直し、「ティーツーリズム」を企画。
「ティーツーリズム」とは、「一杯のお茶を求めて旅が計画され、その旅先が嬉野になる」というコンセプト。嬉野に訪れ、うれしの茶や肥前吉田焼の魅力に触れ、温泉に浸かる——そんな体験を提供する。茶畑の中でティーバトラー(茶農家)が提供する特別なティーセレモニーは、3杯15,000円という高価格帯にもかかわらず、多くの観光客を惹きつけている。また、旅館やカフェと連携し、お茶を中心とした体験型観光を展開することで、地域全体の魅力を高めている。
従来の茶産業では、茶葉の価格競争が生産者にとって厳しい状況が続いていた。そこで、嬉野の一部の茶農家は「土」「茶葉」「空間」「茶農家」の四層ブランディングを導入し、観光との融合を図ることで新たな収益モデルを確立。例えば、「土」のブランディングでは、茶畑のオーナーになれるサービスを商品化。1a(10m×10m)=1区画で販売。オーナーには栽培記録や新茶の時期には「Owners Tea」を届ける。オーナー制度の導入により、茶農家は収益の安定化を実現。
また、茶農家自らが都内ホテルや飲食店と契約し、「ティーバトラー」として高付加価値なサービスを提供するナレッジビジネスにも取り組んでいる。こうした取組によって、「うれしの茶」の単価は向上し、一部の茶農家では世帯収入が大幅に増加。嬉野の茶農家は農業に留まらず、新たな観光業の一翼を担う存在となっている。
小原さんは、自らを「旅館経営者ではなく、2万坪の土地の管理人」だと考えている。この視点こそが、地域の価値を最大限に活かすための鍵となる。
例えば、旅館内への企業誘致を進め、入居企業には「温泉入り放題」というユニークな特典を提供。この仕組みが話題を呼び、現在10社(累計13社)が入居している。また、2025年4月には旅館内に外国人の日本語学校を開設予定。1学年は50人の定員で、学生は週28時間の労働が可能なため、嬉野の人材不足の解消にも貢献する。他にも、ピエール・エルメ、日本香堂や日比谷花壇、地元の茶屋などとのコラボレーションを積極的に行っている。広大な2万坪の敷地を有する和多屋別荘は、その広さを武器に地域文化を取り入れた多様な事業を展開している。
嬉野温泉、うれしの茶、肥前吉田焼——これらの地域文化は、ただ守るだけではなく、時代に合わせた価値の再定義が進められている。和多屋別荘をはじめ嬉野で行われている取組は、地域全体の未来を見据えた挑戦だ。地域資源に新たな息吹を吹き込み、持続可能な形で次代へとつないでいく。その先には、嬉野の魅力を求めて人が集い、文化が生き続ける未来がある。嬉野の挑戦は、これからも続いていく。
構成/竹内あかり(一般財団法人 地域活性化センター)