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長野県伊那市の家庭に伝わる大晦日の特別な一皿
豪快すぎる「お年取りの粕汁」に宿る知恵と歴史

2025/12/10

大晦日に粕汁を食べる習わし

「長野では、大晦日に粕汁(かすじる)を食べる」

どこで誰に聞いたのかも忘れてしまったのだが、耳にしたこの言葉。物心ついてから一番の好物が粕汁であり、『粕汁の本 はじめました』(西日本出版社)という粕汁探訪記まで出してしまうほどの粕汁好きな私としては、なんとしてでも出会してみたい!
が、年越しそばのように、あちこちの店で出ているモノではなく、各家庭で食べられるモノである。しかも、大晦日……。作っている人を探して、さらにその方のお宅に大晦日にお邪魔して見学させてもらうなど……突撃すぎて実現するのは夢のまた夢……と、半ばほぼほぼ諦めていた。

そんな願いも記憶の遥か彼方になりかけた頃、私の粕汁ばかり載せているInstagramを見た友人がふとメッセージを送って来た。

「うちの実家の(長野県)伊那市では、大晦日に粕汁食べますよ〜」と。 棚からぼた餅、いや、天から粕汁が降って来た!

冬のほかほか料理「粕汁」

神戸市長田区にあるお好み焼き&鉄板焼き屋「河合屋」さんの粕汁。粕汁が通年メニューにある。牛すじ入りというのは関西でも珍しい

そもそも、粕汁とはなんぞや?地域によって、少しずつ具材や食べる季節が異なってくるのだが、粕汁への愛が深い京阪神をはじめとする関西圏では、大根、人参、油揚げ、豚肉(もしくは、サケやブリ)等を鰹と昆布の出汁に酒粕を溶いた汁で煮込む汁物である。味付けに味噌を少し入れるが、味噌より断然酒粕の方を多く入れるので白いお汁である。人によっては、酒粕多めが好きで酒粕を大量に入れ、もはや汁物なのか煮物なのか区別がつかないパターンも。私は、断然、後者が好みだ。粕汁は酒の肴にも、ご飯のお味噌汁代わりにもなる万能メニューである。
粕汁のメイン材料となる酒粕は、日本酒を絞った“粕”であり、材料は米と米麹である。“粕”という漢字が当てられているが、全くもって“粕”ではない。捨てるところが全くない素晴らしき発酵食のひとつだ。京阪神あたりでは、新酒の酒粕が出始める11月下旬頃から、気温が高くなる日が出てくる2月後半あたりまで、冬限定のメニューとして家庭で食べられるだけでなく、居酒屋や食堂、スーパーのお惣菜コーナーの冬限定メニューで登場したり、蔵開きや寺社の冬の行事で出されたりもする。

ところが、友人に写真を見せてもらった伊那市の大晦日の粕汁は、どうも姿かたちが違うのである。関西では、粕汁は汁椀によそうものだ。けれど、伊那市の粕汁は何やら深めのお皿に盛られている。そして、具材は魚だけの模様。関西人からしたら、ちょっと、いや、かなり不思議物体である。これは、伊那市に行って直接この視覚と味覚で確かめなければという、毎度ながら、謎な使命感が私の胃袋あたりから沸々と湧き上がりはじめた。

大晦日の粕汁作りは豪快に

小さい頃から大晦日には粕汁を食べるという友人のおばあちゃん・けさ子さん

友人の伊那市のご実家を訪れたのは桜が咲き誇る春。さすがに、大晦日にご実家にお邪魔は無理であった。だがしかし、大晦日ではない普通の春の日の週末なのに、友人一族が大集合!下は2歳から上は92歳まで総勢10名!もはや、大晦日と正月にお邪魔したと言っても過言ではないくらいの集まりである。
大晦日の粕汁の名手は、もちろん最高齢92歳(当時)のけさ子おばあちゃんだ。今でも、自分で台所に立って料理をされるという。もちろん、大晦日には粕汁も家族分作るのだそう。今回は、けさ子おばあちゃん指導の元、お嫁さんとお孫さん(=友人)が作ってくださるという。

まずは、鍋でお湯を沸かし、そこへ酒粕を入れて溶かす。溶け切ったところへ魚を入れていく。

「え!?切らへんの!?」
買って来たサケのでっかい切り身をそのままドボン!

ついで、ブリもでっかい切り身のまんまドボン!

「え?待って、待って!もしかして、魚、全部入れるん!?」
サケ、ブリに次いで、でっかいプリップリのイワシをドボン!しかも、イワシは頭つきのモノそのまんま!
「ええ!?イワシそのまんまは、さすがにデカすぎちゃいますか!?」

大根も人参もイチョウ切りにして、豚肉(もしくはサケやブリ)も一口サイズにカットしてから煮る関西の粕汁で育った人間としては、あまりの豪快さにいちいち叫び声をあげてしまった。しかも、煮崩れないように火をとおすという。つまり、器に盛る時も大きなサイズのままというコトだ。

「こんな具がデッカすぎる粕汁、どないして食べるんや?」
頭上にたくさんの?マークが飛び交う“粕汁は汁椀で食べる民”な私。

そして味付けは、まず、三温糖。

「え?粕汁やなくて甘酒風にするん?」

しかし、しょっぱさもちゃんと入れる。そこで、けさ子おばあちゃんがこれだけはキッパリと断言なさる。

「しょっぱさの味付けは、必ず醤油!塩は絶対使わない!」と。 ええ!?なんで、そんなに“絶対”なのか?けれど、醤油で味付けが絶対だからと言って、汁が茶色くなるほどは入れない。ほんの少し気持ち程度の量である。謎である。関西だと、作り手によって違ってはくるが、主に味噌、白味噌、塩、醤油のいずれかで味をつける。“絶対コレでないと”というコトはない。

“汁”を飲まない粕汁

完成!伊那の大晦日に食べるお年取りの粕汁

孫もひ孫も集まって、さぁ、いただきますの時間。テーブルに置かれた粕汁。それは、汁椀ではなく、友人が送ってくれた写真の通りに深めの皿に盛られている。魚が手前からサケ、ブリ、イワシ丸ごとの順で並べられ、その上からソースのように汁をかけてある。

「いつもは、もっと、酒粕多めでドロッとした汁なんですよ」と、友人。

そうなれば、ますます、粕汁ではなく酒粕ソースだ。

汁を飲むというより、ほんのり酒粕味が付いた“魚を食べる”というコトがメインのような料理である。サケ、ブリは粕汁にも入れられるコトの多い魚だけに、酒粕との相性が良し。三温糖で甘さがあるからか、魚臭さが弱まっていて食べやすくなっている感じもする。イワシは腹わたもあるせいか、酒粕の味よりもイワシの味が強めに出ていた印象だ。けさこさんの2歳(当時)のひ孫ちゃんは、ほんのり酒粕の味が沁みたイワシを小さな手で一生懸命に自分の口へと運んでいる。なんと、気がついたら、ひ孫ちゃん、イワシを1人で2匹も完食!これは、将来有望な酒粕ラバーの誕生ではなかろうか?酒粕好きとしては、酒粕好きが絶えない未来を想像できて、ことさらに幸せである。

さて。一人でサケ、ブリ、イワシと食べ切ると、もはや腹パンパンである。だがしかし、粕汁好きとしては汁の最後の一滴まで飲み干さねばなるまいと、皿に残っていた汁を飲み干した。すると、友人がひと言。

「汁は飲まないんですよ〜」とな! ええええええええええええええ!!!???……衝撃!粕“汁”なのに、汁を飲まないとは!!粕汁は汁を飲むために作るものではないのか!?

「粕汁は大晦日に作って食べますけど、残った分は三が日も食べるんです。毎回、温め直す度に、粕汁のドロッとさが増して、それこそソースのようになるんですよ。残ったそのソースは、畑の堆肥になりますね〜」と、友人のお父さま(=けさ子おばあちゃんの息子さん)。ところ変わればなんとやら……驚きの連続である。

大晦日の粕汁は「年取り魚」の習わし

大晦日も正月もこの粕汁を食べるのはなぜなのか?元々は、単に残ったから食べていたわけではないように思う。そもそも、魚を3種類使うのにもわけがある。

みなさんは「年取り魚」というモノをご存知だろうか?その昔(地域や家庭によっては今現在も)、年末に塩漬けにした大きな魚を丸々1匹購入し、正月に一ヶ月かけて食べるというモノである。主に、西日本は塩ブリを、東日本は塩引き鮭や新巻鮭を食べていた。

12月に山形県庄内地域を旅した時、各地で正月用の塩引き鮭が干されていた

しかし、伊那のように海から遥かに遠い山間部では、現金や食料に代えるための農作物が不作だった年などは、そのような魚が高級品で購入できず。だがそれでも、新しい年を祝うためにお頭付きの魚を……と、行商の人たちから購入していたのが塩イワシや塩サンマだったのだ。交通網も冷凍技術もままならなかった時代、山間部に海の幸を腐らせずに運ぶには塩漬けにするしか方法がほぼなかった。

本来、伊那のあたりはお金に余裕があれば、年取り魚は西日本側の塩ブリだった。が、ココ伊那のあたりは東西の年取り魚文化が交差するエリアでもある。それだからか、戦後は東日本の塩鮭を食べる文化も入って来て、サケも年取り魚へと加わった。そして、お金がなかった時用の年取り魚であった塩イワシ。「3種類とも、同時に食べれば、ますますめでたいんじゃないか?」と、そんなノリで年越し粕汁の具材がサケ・ブリ・イワシになったのではないかと、私は密かに思うのだ。
そして、けさ子おばあちゃんが“絶対”という「味付けに塩は使わない!」。これも、年取り魚の流れで考えると合点がいく。海の幸が滅多に手に入らないタンパク質だとすると、海水から作られる塩もまた山間部にとっては非常に貴重なモノであり、料理の味付けに気軽に使えるものではなかったように思う。同じような山間部である岐阜県の飛騨高山あたりも、塩を入れて運ばれて来た俵の藁の隙間に付いていた塩すらも一粒残らず丁寧に食べていたとも聞く。

けさ子おばあちゃん、2025年現在94歳。孫やひ孫に自家製野菜の味噌汁を振る舞うべく、畑で野菜を収穫中。(撮影:西岡光)

この大晦日の粕汁を、私は勝手に「お年取りの粕汁」と呼ばせてもらっている。今年の大晦日も、けさ子おばあちゃんはお年取りの粕汁を作られるだろうか?みなさんも、今年の大晦日は、年越しそばだけでなくお年取りの粕汁も一緒に食べてみてはいかがだろう?粕汁の発酵パワーで歳をしめ、発酵パワーで新年を迎える。そして、めでたい魚を3種類も食べ、元日に鯛まで食べた日には、あなたにとっての2026年がめでたすぎる1年になるかもしれない。


▪️河合屋

兵庫県神戸市長田区水笠通4-1-1 ルータス水笠109

https://www.instagram.com/kawaiya_shinnagata

松鳥 むう(まつとり むう)
離島・ゲストハウス・民俗行事・郷土料理を訪ね歩くコトがライフワーク。その土地の日常にちょっぴりお邪魔させてもらう旅が好き。著書に『トカラ列島 秘境さんぽ』『粕汁の本 はじめました』(共に、西日本出版社)、『むう風土記』(A&F)、『おばあちゃんとわたし』(方丈社)、『島旅ひとりっぷ』(小学館)等がある。 lit.link/muumatutori