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濃厚すぎる煙に厄も視界も消し去られる!?
1300年続く京都・宝積寺「鬼くすべ」の異彩を放つ伝統儀礼

2026/04/16

4月に現れる鬼

とある冬。京都は大山崎にある山荘美術館へ「みうらじゅんマイ遺品展」を観に行った。グーグルマップで確認すると、京都線J R山崎駅から徒歩15分と出るのだが、これがまた大変極まりない道で15分そこらじゃ着かない。延々と続く上り坂。けっこうな急勾配!10~20%はあるらしい。舗装されている道だけど、いや、だからこそしんどいったらありゃしない。しかし、坂道のサイドには家々が連なっている。住人の方々は、きっとめちゃくちゃ健脚に違いない。「私の人生でココに来るのはきっとそうそうないやろうな〜」と、最初で最後の道だと思って登り切った。

それから時が経つコト約2年、2024年4月。……なぜか同じ道を歩いていた。「何を好んで、私はまた、この急勾配を登っておるのか?しかも桐下駄で。」と、自身に問いつつ、ヒーヒーと息を切らしながら辿り着いたのは、山荘美術館ではなく、その近くにある宝積寺だ。この日、この宝積寺で行われる「鬼くすべ」を観るべくやって来たのである。

平安時代には「宝山寺」とも呼ばれていた宝積寺の仁王門

その名が示すように「鬼」が登場する行事だ。参道に立ち並ぶ行事を知らせる幟には「大厄除 追儺式」と書かれている。「追儺式」つまり、節分の時に行われる行事である。4月という季節はずれとも思える時期に開催なのがやや謎だが、とりあえず、行ってみないコトにはわからない。

開始時間の1時間前に着いたのに、早くもお堂の中は檀家の皆さんと、この行事を観に来た参拝客と祭を撮るのが大好きカメラマンおじちゃんたちで溢れかえっていた。私も急いで後方壁際にそそくさと自分の場所を確保したのだった。

2024年にあった鬼くすべの期間限定御朱印

鬼だけでなく、人まで祓われそうになる!?

時間になると、住職さんを導師として本堂に行列の一行が入って来た。赤鬼1匹、青鬼2匹、黄鬼2匹、お稚児さん数名、修験者、年男(福男)衆、七福神に扮装した方々……そして、なぜか『鬼滅の刃』のコスプレさんたちもゾロゾロとやって来た!この行列に入っているというコトは、個人的にやって来たコスプレ集団ではなく、お寺さん公認というコトだ。時代が成せる技である。私がアニメヲタクだった30年前は、アニメ好きはそれはそれは虐げられていたので、こんな未来がくるとは微塵も思っていなかった。価値観なんぞ時代でコロッと変わってしまうのである。(でも、鬼も七福神もアニメや漫画じゃないだけで、あれも元祖コスプレやんなぁ?と、思ってしまうのは私だけだろうか?)

隅っこの定位置に大人しく座る鬼さんたち

全員入場し終わると、堂内の戸という戸が全て閉められた。護摩壇に盛られた青檜葉に火が点けられる。鬼くすべのはじまりだ。鬼くすべの「くすべ」は漢字にすると「燻(くすべ)」と書く。刈り取った草木に火を点けても、炎はさほど上がらず、煙がもうもうと出る状態の焚き火のコトを「燻」というのだ。ココの追儺式は、この煙で鬼を追い払うという。古来の追儺式をほぼ再現していると言われる京都の吉田神社ですら、ミニ松明は登場するものの、煙ではなく矢で追い払う形なのに、さらに追い討ちをかけるように煙まで用いるとは、よほど強力な邪気を持っている鬼たちなのか?

火が点いてすぐのかわいい煙の頃。

と、そんなコトを脳内で悶々と思い浮かべている間に、煙がほわほわと堂内を包み込みはじめた。ご丁寧に、巨大うちわで煙を仰ぐ担当の方がおられ、堂内の隅々に煙が行き届くよう余念がない。煙が染みるのか、護摩壇前の住職さんがメガネを外し目を擦る。次第に煙の量は、増し増しに増しはじめた。壁際にいる私も煙が染みて目を擦りはじめる。だが、それは、まだ序の口だった。どんどんどんどんジャンボうちわで煽られた煙は密閉された本堂から出ていく場所を見つけられるわけもなく、もくもくもくもくと充満しはじめる。濃霧のように、どんどん白く濃くなる煙。すでに、私の位置から護摩壇もその前に座っておられるはずの住職さんも見えない。そして、その奥に座っていた鬼たちの姿もコチラからは完全に見えなくなってしまった。周りの檀家さんや参拝客もゴホゴホと咳をしだす。ハンカチなしでは堪えられないほどの充満具合。「火事の時は煙を吸わへんように、ハンカチで口と鼻をおさえて腰を低くして避難するんやで!」と、小学校時代の避難訓練の時に担任の先生に言われたコトが、こんなトコロで活かされるとは。煙で鬼が追い払われるどころか、参拝客まで追い払われそうな勢いである。我慢できす、追い払われて自ら外に出た参拝客もいた。もしや、我々参拝客自身の心の中に邪気が溜まりすぎているから燻されているのか?それなら有難いコト。だが、く……苦しい……!隣にいた祭りを撮り歩いているおっちゃんも「もうこれ以上は撮れへんわ〜!煙でピントが合わん!」と、すっかり諦めモード。祭り好きのカメラおじちゃんたちの執念はずば抜けている。どんな極寒の中でもどんな猛暑日の中でも、とにかくいい絵が撮れるまで諦めない精神200%超え!だが、その執念すらも0%にしてしまう鬼くすべの威力は絶大である。

煙の充満が進む堂内

この煙で何も見えない間、実は、住職さんと鬼さんの間では様々なコトが行われていた模様。住職さんが蓬の茎で作られた矢を桃の木で作られた弓を使って鬼を射ると、鬼は本堂内を3周回ってお堂の外へ出て行くのだそうな。そんなの、鬼くすべの超ハイライトシーンではないか!見たいに決まってる!しかし、視界は真っ白な煙の中。前3人くらいしか見えず、護摩壇周辺の様子など知る由もなし。ひたすら、この煙にどこまで耐えうるかの己との戦い中であった。

余談だが、この年は本堂を修繕したばかりとかなんとかで、密閉具合が例年以上にレベルアップしていたのだそう。いつもは、もう少し控えめな煙なのだとか。

煙で完全に見えなくなる寸前

75個の鏡餅

そもそも、この鬼くすべは、節分の追儺式とはちょっと違った由来を持つ。ひとつは、通常の追儺式と同じで宮廷の追儺式を真似たという説と、もうひとつは、奈良時代の聖武天皇の頃、奈良の都で疫病が大発生し、それを沈めるために天皇からの勅命を受けた行基(宝積寺を開基した僧)がはじめたという説である。
当時は、病など目に見えないモノは全て邪気だとされ、邪気を形にしたモノが鬼であり、鬼を追い払うコトは疫病を払うコトだった。この後者の説でいくと、通常の追儺式と違い、人間すらをも追い払いかねない勢いで燻すのもうなづける。疫病を本気でとことん撲滅してやるという強い念がひしひしと伝わってくる。


そして、もうひとつ。鬼たちを恐れさせるモノがある。それは、堂内の鴨居にかけられた75個の鏡餅だ。現代人の私たちが想像する鏡餅とは姿形がえらく違うが、この紙の包みの中に平たく丸い餅が入っているようす。古代の丸い銅鏡に似ているコトから「鏡餅」と呼ばれるようになったので、この平たい丸餅もれっきとした鏡餅。なんなら、現代のぷっくらした鏡餅よりも銅鏡の形にとても近い。
鬼たちは、この鏡餅に映った自分の形相や心の中の邪気に恐れをなして退散するのだという(餅に姿なんぞ映らないじゃないかという三次元的ツッコミは、ここではひとまず置いておく)。もちろん、真っ白で濃厚な煙の中に居たため、そんな鬼の姿は拝めず終いだった。すべてが見えぬトコロで進行されている。現在のカメラなどというモノが入る隙すら許さないくらいの煙の中で。ある意味、これこそが、古来の形を変えるコトなく行われているコトになるのではなかろうか?

鏡餅は文字が書かれた紙の中にあるらしい。

「75」が出て来る言葉としてすぐに思い浮かぶのは「人の噂も七十五日」である。75日経つと季節が次の季節へと移り変わる。季節が変わるほど長い間、噂は続かないということわざだ。鬼くすべの由来が疫病退散であるとすると、季節が変わる頃、つまり、75日後くらいには疫病も消え去ってくれという願いを込めての「75」なの……かも?

追儺式の元祖

福餅は3色。これも、護摩壇で燻られたモノ

鬼くすべ、そして、その後の福餅巻きが終わると、境内はいっきに賑やかになる。住職さんも鬼さんも七福神さんたちも鬼滅のメンバーも、境内にわらわらと出て来て、参拝客と記念撮影したり喋ったりと和気あいあいと戯れタイム。私もどさくさに紛れて1匹の鬼さんへ駆け寄った。

「煙がめっちゃすごかったですけど、お面付けてて大丈夫だったんですか?」


お面を付けてない私ですら目が染みるわ、咳は出るわと大変だったのに。

「もう、お面の中、涙出まくりですよ!お面取れないから、拭うコトもできひんし!(笑)」と、鬼さん。

鬼役は、なかなかに、気力と忍耐力を要する模様。その代わり、1年分の穢れがすべて「無」になったのではなかろうか?

鬼くすべは、毎年4月の第3土曜日に行われているが、本来は4月の中でも、観音さまの命日である18日に行われていた。宝積寺のご本尊は十一面観音立像(国の重要文化財)であり、観音(菩薩)さまは、現世の人々を苦しみから救ってくれる、つまり、疫病も祓ってくれる存在である。奈良時代からはじまったとすれば、かれこれ、1,300年弱続く鬼くすべ。ちなみに、宝積寺自体は、2024年に建立1300年を迎えているので、ほぼ建立時から行われているコトになる。あれ?そうすると、吉田神社の追儺式は平安時代の宮中の形で行っているから、宝積寺の方が元祖になるのでは!?そのへんは、きっと定かではなのだろうけれど、邪気を根こそぎ祓うには、宝積寺さんの鬼くすべの効力は絶大だと、経験上オススメしたい。
ここ最近、なんだか自分の中に邪気が溜まっている気がするそこのあなた。今春、鬼くすべでその邪気を一掃しにいかがですか?煙とともに消えてなくなるかも?(知らんけど・笑)。その際には、ハンカチのご用意をお忘れなく。

このコスプレメンバーのおひとりが檀家さんだそうで、2021年頃から鬼くすべに登場してもらっているそうな。

天王山 宝積寺
W E Bサイト https://takaradera.net

松鳥むう(まつとりむう)
離島・ゲストハウス・民俗行事・郷土料理を訪ね歩くコトがライフワーク。その土地の日常にちょっぴりお邪魔させてもらう旅が好き。著書に『トカラ列島 秘境さんぽ』『粕汁の本 はじめました』(共に、西日本出版社)、『むう風土記』(A&F)、『おばあちゃんとわたし』(方丈社)、『島旅ひとりっぷ』(小学館)等がある。 lit.link/muumatutori