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「日常」が地域を守る。鹿児島・与論町発、“食”から始まる新しい地域防災モデル

2026/07/24

鹿児島県最南端の離島・与論町で、学校給食においてロングライフ牛乳を活用したローリングストック運用の実証として全国初となる画期的な防災プロジェクトが動き出した。食品の加工処理機器や紙容器の充填包装システムを提供する日本テトラパック株式会社と与論町が連携し、学校給食で提供される「ロングライフ牛乳」を活用したローリングストック運用の実証実験を6月に開始した。

鹿児島県最南端の離島・与論町

物流が寸断されやすい離島の課題を、日常の給食インフラを活用して解決するこの取り組み。与論島で行われた寄贈式と、プロジェクトの背景にある同社の想い、そして次世代を担う子どもたちへの教育の現場を追った。

■ 50年前の「最先端」が再び。与論町とロングライフ牛乳の深い縁

ロングライフ牛乳の一例

日本テトラパックが提供するロングライフ牛乳は、保存料を使わずに常温で長期間保存できる牛乳のこと。未開封の常温で3〜4か月程度保存できる。常温保存できる理由は、その製造技術と容器にある。

特殊な6層構造の紙容器の一例

冷蔵で流通する牛乳は120~130℃、2~3 秒間殺菌するが、常温保存可能な牛乳は140~150℃の高温で、2~3 秒間滅菌する。さらにアルミ箔を内側に貼り合わせた6層構造の紙容器を使用。アルミ箔は外部からの光や酸素を遮断し、内容物を保護する。通常、冷蔵流通される牛乳の容器にはアルミ箔は使用されていない。無菌環境下で、滅菌した容器に、滅菌した牛乳を充填・密封することで、常温での長期保存が可能になる。

与論空港

今回、与論町との実証実験では約1年かけてこのロングライフ牛乳を活用したローリングストック運用を実施していく。6月に与論町役場で行われた記者会見で田畑克夫町長は、「最南端は最先端」というスローガンを掲げ、今回の取り組みへの期待を語った。

与論町役場

実は与論町とロングライフ牛乳の縁は深い。1977年、日本で初めて学校給食にロングライフ牛乳を導入したのが与論町だった。当時、天候不良で船便が止まると脱脂粉乳が提供され、子どもたちにとって飲みやすさの面で課題があった。その状況を打破したのが、常温で長期保存が可能なテトラパックのロングライフ牛乳だったのだ。

田畑克夫町長(中央)

与論町の中山吉一教育長は、「教壇に立った時、脱脂粉乳からロングライフ牛乳に変わっていて驚いた。飲みやすくて美味しく、子どもたちにフレッシュな牛乳を届けたいという当時の教育委員会の熱意を感じた」と、半世紀前の「食を守る知恵」を振り返った。

■ 「使いながら備える」——物流課題を解決する新モデル

与論町役場で行われた寄贈式

今回の実証実験では、日本テトラパックが初期在庫として約4500本のロングライフ牛乳を寄贈。これを与論町の給食センターで常温備蓄し、日常の給食で「先入れ先出し」で消費しながら、常に一定量をストックする。

与論町立給食センター

与論島では台風やしけによる船便の欠航が頻発しており、与論島へ学校給食用牛乳を供給する乳業メーカーの調査によると、2026年1月には欠航・抜港・条件付きとなった割合が月の26%に達した。

与論町のフェリー

与論島には鹿児島と沖縄を結ぶ定期フェリーが運航されており、島で消費される多くの食料品や生活物資は、鹿児島や沖縄から船で運ばれている。鹿児島からの航路では約20時間をかけて与論島に到着する。与論島の生活物流は主にフェリー航路に支えられている。台風やしけの影響が重なると、物流が数日以上滞ることがある。物流が止まるとスーパーから真っ先に消えるのは牛乳やパンだ。

保管されているロングライフ牛乳

田畑町長によると、与論の島民はこれまでの台風などの経験から、告知をしなくても2、3日〜1週間分の食料や日用品などは自発的に補充する生活リズムが身についているという。

町としても、災害時における備蓄体制をさらに整えようと動き出していたといい、「物流が止まる不安と常に向き合う中で、子どもたちの給食と地域の安心をどう守るかは大きな課題だった。この仕組みは、防災と欠食防止の両面から地域を支える一歩になる」と強調した。

■ 小学校での出前授業:紙パックから学ぶ環境と防災

茶花小学校出前授業

実証実験の開始に合わせ、与論町立茶花小学校と那間小学校では、5・6年生を対象とした「出前授業」も開催された。

紙パックの仕組みを学ぶ

授業では、ロングライフ牛乳がなぜ常温で長期保存できるのか(超高温滅菌と6層構造の紙パック技術)や、リサイクルの仕組み、二酸化炭素削減といった環境への貢献が紹介された。

給食に使用されるロングライフ牛乳

授業を受けた児童からは「いつも飲んでいる牛乳が常温で長く保存できると知って驚いた」「災害で島に食べ物が届かなくなった時、牛乳が飲めると安心できると思った」といった感想が寄せられた。茶花小学校の川口拓透教諭は、「普段何気なく飲んでいる牛乳が、災害時には命を支えるライフラインになり得ることを学べたのは、子どもたちにとって貴重な経験になった」と語った。

■ 2024年問題と「レジリエンス」への挑戦

日本テトラパック社

日本テトラパック・マーケティング部の山口弘明氏は、このプロジェクトの背景にある「物流危機」について言及した。

マーケティング部の山口弘明氏

「トラックドライバー不足などの『2024年問題』により、チルド牛乳を毎日配送することが困難な地域が増えています。児童数が減っていたり、エネルギーコストが上がったり、時代の変化によって“今までできていたこと”ができなくなりつつある。ロングライフ牛乳なら週1回の配送で済み、配送コストや環境負荷を抑えられます。学校給食で使ってもらえれば、今回のような『災害備蓄』という観点でも貢献できますので、我々としてはそこに価値があると考えています」

一方で、課題もある。コミュニケーション部の毛受彩氏は「LL牛乳の認知度は日本ではまだ10%台にとどまる。スーパーでも冷蔵コーナーに置かれていることが多く、『常温保存できること』を知らない消費者が多い」と指摘する。

見た目だけでは常温保存可能と分かりづらい課題も

山口氏は、「単なる保存性の向上だけでなく、社会の『レジリエンス(復元力)』を支える仕組みとしてロングライフ牛乳を活用したい。与論町での知恵をモデル化し、山間部や豪雪地帯など、物流制約を抱える他の地域にも広げていきたい」と、今後の展望を語った。

政府は防災庁の設置を進めており2026年中の発足を目指していることもあり、毛受氏は「こうした機運が高まっていく中で防災の意識を高めていただきたい」と説明。「昨年から、防災推進国民大会(通称:ぼうさいこくたい)にも出展し、主に防災士さんや自治体の防災担当の方にロングライフ牛乳の説明をしています」と、全国への周知活動も続けているという。

■ 未来へつなぐ「食」のバトン

日本テトラパック取締役副社長の上田晃司氏

半世紀前に子どもたちの笑顔のために導入されたロングライフ牛乳が、与論町が挑む新しい地域インフラづくりとして、地域の安心を守る「防災備蓄」という新たな役割を担い始めた。

日本テトラパック取締役副社長の上田晃司氏は、「今回の寄贈は単なる物資の提供ではない。日常の延長で無理なく備える新しいモデルを確立したい」と語る。

与論町での取り組みが全国に広がるかもしれない

与論町が挑む『食×防災』の地域創生プロジェクト。「最南端」の離島で始まったこの挑戦は、気候変動や物流危機に揺れる日本全体地域の「食の安全保障」を照らす、大きな希望の光となるかもしれない。与論島の取り組みが、物流や人手不足で悩む自治体の課題解決のロールモデルになるだろう。

(取材/コティマム)