「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界遺産に登録されて今年で20年。一度は行きたい熊野古道だけど、いったいどこを歩くと楽しいのか。ビーパルが目をつけたのは、”日本最古の温泉”から熊野本宮大社をめざす周遊コースだ。
今回歩いた熊野古道 本宮周遊コース。行程はぐるっと1周で約15.8km。湯の峰温泉から赤木越(あかぎごえ)経由で大斎原(おおゆのはら)までは約7時間。湯の峰温泉の標高は109m。なべわれ地蔵(431m)と発心門王子(315m)への登りが苦しいが、あとは下り。大日(だいにちごえ)は約1時間の峠越え。
生涯に34回も熊野に参詣した後白河院は、自身が編んだ「梁塵秘抄」(りょうじんひしょう)にこんな歌を収めている。
《熊野へ参らむと思へども 徒歩(かち)より参れば道遠し すぐれて山きびし 馬にて参れば苦行ならず 空より参らむ 羽を賜(た)べ 若王子》。
熊野の山は険しいけれど、「歩く」という苦行をへないと、ご利益がない。いっそ空を飛んでいきたい、神様どうか羽をください、というわけだ。
後白河院が生きた平安時代末以降、数多くの人々が京都から船で淀川を下り大阪、和歌山をへて、中辺路(なかへち)を歩いて熊野本宮大社に詣でた。
その後、熊野川を船で下って熊野速玉大社へ、さらに海辺を歩いて熊野那智大社に詣でた。京都から往復20日余りの旅である。
熊野古道の道々には「王子」(おうじ)と呼ばれる小さな社(やしろ)があった。長旅をへてはじめて本宮大社を遠望できた「伏拝王子」(ふしおがみおうじ)では、参拝者は喜びで伏して拝んだといわれている。
そんな感動を1日で味わうのが今回の狙い。出発地は、4世紀ごろに発見され、日本最古の温泉といわれる「湯の峰温泉」。
温泉だと気持ちよすぎて修行にならない?という心配はご無用。この湯は古来、熊野参拝前に身を浄める「湯垢離」(ゆごり)の場とされてきたのだ。
温泉街を流れる川から90℃を超える湯がゴボゴボと湧き出している。この源泉の真上に「つぼ湯」という岩風呂がある。歌舞伎で有名な「小栗判官」は、この湯につかって蘇生したという。つかってみると、本当に生き返ったように心地いい。
つぼ湯のすぐ脇の山道を登って赤木越へ。歩きはじめると、まずは地面を覆うシダのみずみずしい緑に目を奪われる。木々はしだいにスギの植林から照葉樹の自然林になっていき、ツヤツヤとした濃緑の葉が朝日を浴びて、尾根道を明るく照らしてくれる。
ルート上の最高点のなべわれ地蔵には、温顔のお地蔵さまが待っている。左右は展望が開けて、山々が折り重なる。標高は低いが、町が見えないから、ずいぶん山奥にきた感じがする。
道は音無川に下り、船玉神社で中辺路と合流、続いて発心門王子(ほっしんもんおうじ)へと登る。発心門とは「悟りの心を開く入り口」を意味する。鳥居をくぐった先に、カシやスギの巨木がそびえ立ち、荘厳な雰囲気が漂っている。
発心門王子の先は、集落内の舗装路と山道を交互に歩く。路傍には小さな石仏や祠(ほこら)があり、地元で「ビシャコ」と呼ばれるヒサカキが供えられている。無人販売の棚には、ミカンやポンカン、飴玉が並び、旅人を励ましてくれる。地元の人の生活のにおいも感じられるのが、この道の良さだ。
三軒茶屋の少し先の展望台に至ると、大きな鳥居とスギ木立が現れて「おっ!」と声が出た。大斎原(おおゆのはら)である。
昔は大斎原に社殿があったが、明治の洪水で流されてしまった。熊野川の白い河原に抱かれていかにも神々しく、そこだけ光が当たっているように見えた。
のんびり歩くこと約7時間、熊野本宮大社に到着。ひとまずのゴールだ。やや内陸に移築再建された現在の社殿と、大斎原の両方に参拝した。
余裕があれば、大斎原から大日越(だいにちごえ)を約1時間歩き、湯の峰温泉へ周回しても楽しい。
飛龍神社まで歩くと(約15分)、那智の大滝を目前に拝める。滝がご神体。日本三大名瀑のひとつ。2月なので水量が少ないが、夏になると水量が増えて迫力が増す。