※この記事は「サライ」に掲載されたものです。
長崎県・島原半島。半島中心に位置する雲仙火山の恵みを受けて温泉が至るところに湧く、温泉郷である。その中のひとつ、雲仙温泉は硫黄の香り漂う湯の街。雲仙地獄と呼ばれる一帯は、地の底から噴き出す蒸気と熱気に圧倒される。この地獄に隣接して立つのが『界 雲仙』。長崎出身の山脇さんが地元の温泉宿を楽しむ。
「雲仙に泊まるのは10年ぶりくらい。高校卒業まで、故郷の長崎で過ごしましたが、小学生の頃から少なくとも年に一度は家族と泊まりで来ていました。私にとっては家族との思い出がある温泉です」と山脇さん。今回はレンタカーで雲仙へ。まず地獄の中に宿があるような立地、昔から一等地といわれている一角にあることに感心したという。
館内に入ると、大きなガラス窓越しにもくもくと煙を上げる地獄が目の前に。じつは2021年の豪雨により、地獄の一部が崩落。宿の周辺では現在も復旧作業が続いているが、地獄を巡る遊歩道も復旧し、観光に影響はない。
館内の設えは、長崎の歴史と文化を象徴する和(日本)、華(中国)、蘭(オランダ)が混ざり合った異国情緒に満ち、クラシカルな佇まい。ロビーの奥のスペースにはトラベルライブラリーがある。
「長崎の歴史、島原半島の歴史、文化、食に関する書籍が多いですね。長崎通なつもりでしたが(笑)知らないものもあり、読もうと思って、メモしました」(山脇さん)
客室は全51室で、すべてが地域の文化に触れることができるご当地部屋「和華蘭の間」である。部屋のパーテーションにはステンドグラス、照明は長崎ビードロ、長崎凧の絵柄の波佐見焼などがちりばめられている。今回、山脇さんが宿泊する部屋は、露天風呂付き客室ではなく、客室付き露天風呂。なんと部屋の半分以上が露天風呂スペースで、バスローブ姿で寛げる防水撥水仕様のソファなどが備わる。
「露天風呂、気持ちよさそう。ここから見える景色は復旧工事で観光客がいないエリアなので、かえって地獄をひとり占めできるようですね。お着きのお菓子が福砂屋のカステラで、『界 雲仙』のオリジナル。長崎人の私でも、とても嬉しくなりました」(山脇さん)
大浴場は別棟の湯小屋にある。地獄の湯気や硫黄の香りを感じ、アプローチに飾られた風鈴の音を聞きながら進む。開放感のある湯上がり処は、リゾートホテルのようだ。
温泉入浴の前には、「界」ならではの「温泉いろは」で雲仙温泉のことを理解したい。雲仙は僧・行基による開湯から湯治場としての歴史、さらにキリスト教の布教や、上海航路により来日した外国人の避暑地という、様々な時代の流れを刻んできた。かつては「温泉」と書いて「うんぜん」と読んでいたこと、同じマグマ溜まりから湧く島原半島の小浜温泉・雲仙温泉・島原温泉の関連性などをわかりやすく解説。標高700mに位置し、山々は緑豊かで、温泉の湯量豊富な雲仙は格好のリゾート地だ。
温泉成分は酸性・含鉄-単純温泉。独特な濁りのある強い酸性の温泉なので、銀製品は変色してしまうので要注意。また肌が弱い人は上がり湯を。ぬる湯で体を慣らし、あつ湯での長湯は禁物とのことだ。
「大浴場のステンドグラスがとっても素敵で、まるでモンドリアンの抽象絵画のよう。とても気に入りました。露天風呂の岩風呂もちょうど良いサイズ感でした。酸性のお湯は殺菌作用があるとのことで、靴擦れの傷の治りが早まったような気がします」と、山脇さんは客室と大浴場、両方の温泉を堪能したようだ。温泉の色はスモーキーなグリーンやブルーになったりと、その日によって異なるという。
夕食の特別会席は、メインがあご(飛魚)の出汁で河豚や伊勢海老、和牛をいただく「あご出汁しゃぶしゃぶ」。期待が高まる。まずは雲仙らしい先付“鬼やらい”湯せんぺいから登場である。湯せんぺいとは、小麦粉、砂糖、卵、重曹に温泉水を加えて練り上げた甘めの煎餅で、雲仙の銘菓。湯せんぺいの下には豚角煮リエットがあり、湯せんぺいを叩き割っていただく。リエットも甘めに仕上げている。
「そうそう、この甘さが長崎なんです。南蛮貿易によりもたらされた貴重品の砂糖を使う甘い味付けが、もてなしや贅沢を表現します」と話す山脇さん。また、八寸やお造りなどを盛った宝楽盛りは、長崎の卓袱料理の赤いテーブルを意識している。
「橘湾の太刀魚やシマアジなど、量がたっぷりで食べ応えがありました。イギスという海藻をつかった郷土料理いぎりすの酢味噌など、島原の地元の味も楽しめました。また、器が波佐見や有田らしいテイストで、素敵!」と、山脇さんは懐かしい故郷の味わいを堪能した。
翌朝は、朝食前に「雲仙地獄パワーウォーク」を体験。地下足袋を履き、杖を持って、宿を出発し、地獄の遊歩道を巡る。起点は宿のすぐ近くにある「清七地獄」からスタート。
じつはこの地獄の手前に、令和元年~3年ほどにできた新しい地獄「伊吹地獄」がある。もともと駐車場だったところから、ふつふつと噴気が湧き出てきたという。山脇さんも「地獄にも寿命があるのですね。生きていることを実感します」と感心。
観光客のいない遊歩道に沿って歩き出すと、地下足袋から大地の熱を直に感じることができる。様々な名前が付けられた地獄を巡りながら、時々ストレッチ。地熱で寛ぐ多くの猫たちも気持ちよさそうだ。
また、雲仙では昔から利用されてきた給湯設備「燗(かん)付け」がある。宿などの施設では地熱を給湯や空調などに用い、冷めた熱をヒートポンプに取り入れて熱交換する。地獄から引き入れるパイプも見ることができ、「雲仙温泉の舞台裏を見るようで面白かったですね」と山脇さんも興味津々だった。
最終地点は、タイルが敷き詰められた広場。天然の床暖房のようなところで寝そべり、体中で地熱を感じる。これはなかなか他の温泉地ではできない体験だ。
「天然の岩盤浴! と表現したくなる、地熱の伝わる石の上に仰向けになった体験はかな~り気持ちよかったです。じわじわ心地よくなってきて、離れ難かったですね。暖かい地面の上に横になってリラックスしきっていた猫の気持ちがよくわかりました(笑)。宿に泊まるすべての方にこのアクティビティに参加されるよう、ぜひともお勧めしたいです」(山脇さん)
パワーウォークから戻り、身体もほぐれたところで、朝食である。小鍋は、具雑煮という島原の具沢山の雑煮。穴子や蒲鉾、竹輪、餅などで上品に仕立てられている。たっぷり味わったあとは、その土地の文化に触れる「ご当地楽」を体験。『界 雲仙』では、活版印刷体験ができる。
トラベルライブラリーの手前は、活版印刷をイメージした壁面に、実際に使われていた活字が組みこまれている。山脇さんがチェックインの時から気になっていたというスペースだ。ここで活版印刷の歴史を学び、実際にカードを作成する。
じつは近代的な活版印刷の祖は、長崎でオランダ語通訳などをしていた本木昌造といわれている。オランダから船で持ち込まれた活字と印刷機をもとに、長崎奉行所が1856年に活字判摺立所を開設した際に本木を取扱掛に任命。活字の近代化が始まった。体験は、絵柄を選び、2行分の文字を拾ってスペースに植字。印刷機を使いカードに文字を転写する。
馴染みのある土地ながら、新たな体験や多くの発見を愉しんだ山脇さん。誰かに話したくなる、そんなひとり旅を満喫した。
長崎県雲仙市小浜町雲仙321
電話:050-3134-8092(界予約センター)
料金:1泊2万5000円~(2名1室利用時1名あたり、税・サービス料込み、夕朝食付き)
山脇りこさん
長崎生まれ。料理家・エッセイスト。「きょうの料理」(NHK)をはじめ、テレビ、ラジオ、雑誌などで活躍中。『明日から料理上手』(小学館)のほか、台湾料理の本など台湾関連の著書も多い。旅のエッセイ『50歳からのごきげんひとり旅』(大和書房)が12万部を越えるベストセラーに。
「界」は星野リゾートが全国に展開する温泉旅館ブランドです。「王道なのに、あたらしい。」をテーマに、季節の移ろいや和の趣き、伝統を活かしながら現代のニーズに合わせたおもてなしを追求しています。また、地域の伝統文化や工芸を体験する「ご当地楽(ごとうちがく)」、地域の文化に触れる客室「ご当地部屋」が特徴です。
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