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無農薬野菜と魚を同じ農場で生産!? 持続可能な農業として注目される「アクアポニックス」とは?

2024/10/08

※この記事は「ビーパル」に掲載されたものです。

日本最大級のアクアポニックス「マナの菜園」(岐阜県加茂郡)。

水槽で魚を育て、魚のフンを植物の栄養分にする。魚の養殖と水耕栽培を一本化した循環型農業「アクアポニックス」をご存知だろうか。少ない資源で栽培でき、環境負荷は一般農地のそれより低い。またITを駆使して広い農場を少ない労働力で管理できる点でも、持続可能性の高い農業として注目されている。アクアポニックスは自然の産物を合理的にリサイクルする仕組みであり、そこで栽培されるのは無農薬・無化学肥料の有機野菜だ。

資源の少ない地域で生まれた水耕栽培

水資源が少ない島や土壌が栽培に適さない土地、乾燥した地域でも栽培可能な農法として開発されたシステムがアクアポニックスだ。1980年代からアメリカやオーストラリアで開発され、日本では2010年代から参入する事業が見られるようになった。

アクアポニックス市場は世界的に注目されている。2026年までに世界のアクアポニックス市場は10億1900万ドルに達すると予測するリサーチ会社もある(データ出典:Report Ocean。1ドル150円換算でおよそ1530億円)。増え続ける人口、懸念される食糧不足と水不足、農業や畜産業から排出される温暖化ガスの増加など、今、世界の農業界には持続可能性をおびやかす課題が山積している。アクアポニックスはこれら課題に対しても有効なシステムだ。

魚を養殖し、魚からの排出物、つまりフンを、微生物の力で分解。それが植物の栽培に必要な窒素などの栄養分になる。植物はそれらを吸収して成長。栄養分が抜けた水は、また魚の養殖用の水槽に戻る。((C)株式会社アクポニ)

2014年に神奈川県に創業した株式会社アクポニは、自社の施設でアクアポニックスの研究開発を進めながら、事業参入者の支援事業を行なっている。事業設計や農園のデザインから生産体制、流通体制の支援まで手がけている。

創業から2022年までに9年間に支援した事業数は34件。それが昨年は16件、今年は7月時点で9件と増加傾向が見られる。また同社は研修事業も行なっているが、これまでの受講者数はのべ482名。昨年101名、今年は7月時点で71名と、こちらも着実に伸びていることがわかる。

アクアポニックスで栽培される野菜は葉物が多い。アクポニでは現在、リーフレタスやバジル、ミントなどのハーブ類。さらにトマト、イチゴ、エディブルフラワーなどを栽培している。また魚は淡水魚の養殖になり、現在、ティラピア、チョウザメ、錦鯉、ニジマス、ホンモロコなどを養殖している。

今後も生産される魚や野菜のさらなる広がりが期待されるが、いちばんの魅力は環境負荷の少なさだろう。

アクポニでは、土耕農法と比べて野菜の収量は同面積で約7倍、使用水量は約2割削減できるとしている。農薬や化学肥料を使用しないということは、それらの代金が節約できるだけでなく、それらの生産、輸送にかかるコストも不要ということ。最近の検証では、施設内の気流制御を最適化することで生産工程で排出される電力使用量を76%削減、陸上の養殖時に発生する窒素の99%を肥料として再利用できるという。SDGsの観点からも注目の生産システムである。

IT企業スーパーアプリの技術を農業に

アクポニが事業支援に関わったなかで最大規模のアクアポニックス農場が、「マナの菜園」(岐阜県加茂郡)。約2800㎡は日本最大級だ。2022年に稼動している。事業者はIT企業のスーパーアプリ。ゲームやシステム開発の技術が、アクアポニックスの稼動システムに活かされている。

現在、リーフレタス、ロメインレタス、バジルなどの葉物を月5000〜6000株ほど出荷している。アクアポニックスのアドバンテージについて、菜園の立ち上げから関わってきた石川敬峰さんは「栽培期間は夏なら1ヶ月、冬でも2ヶ月ほどで収穫できます」と安定性を挙げる。

野菜の特長は、なんといっても無農薬、無化学肥料の事実上オーガニックであることだ。ただ、農林水産省の有機農産物の認証制度では水耕栽培の野菜が適用外になっている。そのため商品に有機JASマークをつけることができず、「有機野菜」をアピールできない歯がゆい現状がある。

「そのため野菜のパッケージに魚のイラストを入れてアクアポニックス産の野菜であることをアピールしているんです」

マナの菜園で収穫されたレタス。お魚のイラストとPOPでアクアポニックスをアピール!

アクアポニックスの名は、まだ一般的に認知されているわけではない。エコでサスティナブルな循環型農業をアピールしたいところだが、その説明は少々長くなるのは否めず、売り場のPOPに最小限の説明を表示している。このパッケージのイラストから消費者には「“魚の野菜”と呼ばれています」(前出の石川さん)。

野菜栽培のほうは着々と収穫量を伸ばし、販売量も伸びている。産直野菜を扱う店舗に卸すほか、通販サイト「食べ直」のリピーターを獲得している。有機認証マークはついていないが、「単純に味が気に入ってリピートされている方が多いように思います」と石川さんは手応えをつかんでいる。

実際、土壌栽培の野菜と比べるとカリウム含有量が少なく、エグ味が少ないのがアクアポニックス産野菜の特徴とされる。

水槽ではチョウザメ、マス、ティアラピアなどの淡水魚を養殖している。魚たちはまだ製品化されていないが、チョウザメの採卵が始まったところで、将来的にキャビア製品が販売される見通しだ。

データセンターの廃熱利用で野菜もキャビアも!

2019年にアクアポニックス植物工場を創業したのが、新潟県長岡市のプラントフォームだ。代表の山本祐二さんはIT系ベンチャーの起業家である。

プラントフォーム創業前に、山本さんはデータセンター事業で起業した。データセンターでは日々、大量の電力を使い、膨大な暖気が排出されるという。これを何か有効利用できないかと考えた。エネルギー問題、食糧問題、いずれも日本における大問題であるふたつを合わせてたどりついたのがアクアポニックスだった。創業当時から明確に、持続可能な農業を可能にする植物工場を目指した。

2020年には安定供給が実証され、現在は県内のイオン10数店舗に毎週3回納品している。

新潟県内で安定的に供給されているプラントフォームの「FISH VEGGIES」(フィッシュベジ)。

プラントフォームの野菜は「FISH VEGEEIS」というブランドで販売されている。野菜やフルーツの場合、たとえば「京野菜」「加賀野菜」「夕張メロン」など産地のブランド化は見られるが、メーカー一社のブランド品はなかなか見当たらない。アクアポニックスという植物工場が生産する野菜のブランド化は農業界でも目を引くだろう。

「現在、エディブルフラワーの開発中です。今後、メロンやイチゴ、トマトなどの野菜や果物も生産していく予定です」(前出の山本さん)。アクアポニックス産の野菜は広がっている。

プラントフォームの植物工場。水槽ではチョウザメを養殖し、2023年からはキャビア製品が販売されている。

サンシャイン水族館ではイグアナのエサになる教育的展示物

2023年からアクアポニックスの実験的展示を行ってきたのが東京・池袋のサンシャイン水族館だ。

数種類のレタスを栽培中。魚はクラウンローチ、クーリーローチという東南アジアに生息する淡水魚を育てている。

サンシャインエンタプライズ事業企画部の高宮一浩さんは、「レタスの成長は早く、苗から1週間ほどで収穫できます。根が自由で、館内の環境が安定していることが安定的な成長を助けていると考えられます」と話す。

収穫したレタスは水族館で展示されているイグアナやリクガメのエサになる。無農薬野菜ゆえエサにも適しているようだ。イグアナもリクガメもむしゃむしゃ食べているとのこと。

サンシャイン水族館のイグアナ。どこにいるかわかりますか?

アクアポニックスの野菜と魚の循環にあたって、この一年、さまざまな野菜を試みてきた。魚が病気になったり、野菜に虫がついたり。無農薬、無化学肥料ならではのむずかしさもあった。魚のフンと野菜のバランス、バックヤードにおける魚の飼育方法など、現在もさまざまな検証を続けている。

展示は水族館の2階に設置されている。興味深そうに観察する親子の姿も見られ、「子どものほうがアクアポニックスの仕組みを早く理解して、親に説明していたりします」(前出の高宮さん)と微笑ましい。

魚と植物の成長がつながっていること。しかし、ダイレクトにつながっているのではなく、微生物が媒介していること。数十年前までは田畑に動物や人間のフンを貴重な肥料として利用してきた。そうした光景を実際には見られなくなった現代の子どもたちに、アクアポニックスの展示は教育的価値も大きい。

サンシャイン水族館と協力して、アクアポニックスを観光資源に育てようと模索しているのが東京青梅市のIwakura Experienceだ。かつて青梅街道の宿場町からひとつ峠を越えた岩蔵地区の歴史と文化を人々に知ってもらおうという主旨でさまざまな活動をしているが、その一環で、遊休地を利用してアクアポニックスのビニールハウスを立てた。

2023年4月の様子がこちら。

そして今年7月の様子がこちら。レタスやミントがよく茂っている。

一年が経ち、「レタスやミントの品種をいろいろ試してきました。適性のある品種を見きわめ、レタスやミントなどは力強く育つようになってきました」と代表の本橋大輔さんは話す。

もともと農業を目的にした施設ではないので収量は多くない。収穫できたときに地元の飲食店に納品したり、イベントに合わせて出荷したりしているという。

飼育中の魚は昨年から変わった。昨年、メチニス、バンガシウスという南米の淡水魚を飼育していたが、冬場に寒さにやられて全滅。現在は鯉、金魚という馴染みのある魚やホンモロコという、育てば高級魚になる淡水魚を飼育している。

アクアポニックスの活躍の場は広い。持続可能性の点でも、おいしさの点でもイノベーティブな農業の姿が見える。もともと限られた水資源、やせた土壌で生み出された農法である。気候温暖化や災害、何が起こるかわらかない今、食糧難への備えにアクアポニックスはとても有効だと思う。アクアポニックス産の野菜が都市部のスーパーに並ぶ日はまだ先かもしれないが、売り場でお魚のイラストつきのパッケージを見かけたら、ぜひ手に取ってみてほしい。

取材・文/佐藤恵菜