
みなさん、年明けに七草粥を食べる予定はおありですか?
もしくは、この新年が七草粥デビューになる人もおられたりするのかな?
……では、“海の七草粥”を食べるご予定は?
“海の七草“。日本の総人口の99%は、たぶん初めて目にする言葉に違いない。世の中の七草粥といえば、セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロという陸の野草というのが定番だ。だが、陸ではなく海の七草を用意する地域があるという。冬休みも最終日を迎える1月7日、海の七草を拝むべく、私は向かったのである。三重県は鳥羽市へ。
鳥羽駅から路線バスに乗りかれこれ30分ほど。山を走り、小さな港に停車し、また、山の中を走り、再び小さな港のバス停へ……と繰り返し、たどり着いた山の中の建物は「鳥羽市立 海の博物館」。“海”の博物館なのに山の中にあるという不思議。そして、“海”の七草に会いに来たはずなのに山の中にいるという謎な状況の私。

実は、海の博物館では、毎年1月7日に海の七草粥が振る舞われるのだ。平日だろうが休日だろうが1月7日に行われると決まっている(本当に平日でも開催されるのか、ちょっぴり不安で、電話問合せをした心配性はこの私)。
海の博物館はその名の通り、鳥羽の海女さんの漁やその文化、カツオ漁の歴史と文化などの展示はもちろんのコト、鳥羽から伊勢神宮に神饌が献上されていたコトもあり、伊勢神宮の神饌のレプリカ展示も行われている。また、鳥羽市内を中心とした様々な民俗行事が写真だけではなく、これまた素晴らしい出来栄えのレプリカと共に展示されている。民俗好きとしては、何度訪れてもウキウキワクワクウズウズと、心揺さぶられまくりでたまらない。

そんないくつかの展示スペースを見学しつつ辿り着いた最後の部屋。私的、この日の大ボス……、基、一番の目的である“海の七草粥”の振る舞い会場である。海の七草粥引換券を片手に握りしめながら扉を見つめる。この向こうに、海の七草が待っている。果たして、どんな七草なのか?
身体の中心部から溢れて止まらないウヒョウヒョと浮かれた気持ちを出し過ぎないようになんとか押し込めつつ、そっと扉を開ける……と、エプロンをつけたスタッフさんが約3名。参加者さんらしき人が私以外誰もいない様子。なんと、一番乗りではないか!待ち焦がれ過ぎて、こんな時だけきっちり時間前行動な私。
そこは、学校の家庭科室のような調理場付きの部屋だった。そのうちのひとつのテーブル上に大きな竹製の盆ザルが置かれている。ザルには、私の中で絶賛噂中の海の七草が並べられていた。

フノリ・ヒジキ・ホンダワラ・アカモク・ワカメ・フクロノリと、聞いたコトのある海藻もあればそうでないのもある。アカモクはギバサとも呼ばれ、近年、全国各地で販売されるコトが増えた海藻のひとつ。古くはナノリソウと呼ばれたもので万葉集にも登場しているそうな。また、ホンダワラは神饌や結婚式のお吸い物にも使われる縁起の良い海藻だ。海藻はごはんの中で常に脇役のような存在であるコトが多いが、人間の体内では作られないミネラルをふんだんに含んでいる貴重な存在なのだ。そんな中、7つ目のソレは“海”藻ではなく青菜だった。唯一の“陸”のモノ。海の幸と山の幸が揃ってこそ豊かであるというコトなのか?
この年の1月7日は土曜日というコトもあり、30人位の人たちが集まっていた。親子連れもいれば、鳥羽市の良さを海外にも拡めるべく奮闘しておられるフランスの方まで!各々がテーブルについた頃、海の七草が置かれた長いまな板の前に和装姿に襷で袖を捲り上げたおじさまが現れた。この方、何を隠そう、海の博物館の平賀大蔵館長さん。館長自ら、毎年、海の七草を刻まれるのである。
「え?刻むだけなのに館長さんが直々に?そんなたいそうな!」
と、一瞬思ってしまうのだが、いやいや、実はこの七草を刻むコトはたいそうなコトなのである。

館長さんの片手には包丁、もう片手にはすりこぎが握られた。そして、海の七草が横たわるまな板に対面し、二刀流でまな板を叩き、海藻を刻みはじめた。しかも、何やら不思議な唄を歌いながら。
〽︎ナズナ七草 唐土の鳥が 渡らぬ先に かきやかして ご〜ちゃごちゃ
え?なに?呪文!?
「ナズナ七草」まではわかる。が、その後に続く“唐土の鳥”だの“ご〜ちゃごちゃ”は何のコトやら。
しかし、これは、驚くことに、その昔、日本各地で七草粥用の野草を刻む時に唄われていたのである。その土地土地で唄の文句はちょっとずつ変わってくるのだが、なんとなく全体の意味合いとテイストは似ている。
ちなみに、京都の某神社の七草粥振る舞いに行った際に唄われていたのはコチラ。
〽︎唐土の鳥が日本の土地に 渡らぬ先に 七草ナズナ テッテッ テロロロロロロ……
「テッテッ テロロロロロロ……」って何!?鳥の鳴き声?鳥と七草となんの関係が?
はたまた、『春の七草』(法政大学出版局)を読むと、全国あちこちの呪文のようなモノが書いてあった。
〽︎七種ナズナ 唐土の鳥が日本のはしを渡らぬ先に ストトンストトン(長野県佐久市)
〽︎たたくたたく 七草たたく 唐土の鳥と田舎の鳥が 騒がぬ先に 七草たたく(宮城県亘理町)
この謎の鍵を握るワードは“唐土”と“鳥”である。“唐土”は“唐の国”つまり古代中国だ。そして、“鳥”は中国に伝わる怪鳥“鬼車鳥(きしゃどり)”のコトを指す。名前からして妖怪的な鬼車鳥。どんなヤツかと申しますと、頭が九つもある鳥さん。しかも、そのうちのひとつの頭は切られてしまい、そこからずっと血が流れっぱなし。その血が家に付くと災いをもたらすといわれているとか。空から血が降ってくるコトじたい勘弁被りたいが、姿を現すコトすらもご遠慮願いたい。
そんなわけで、すりこぎと包丁を使って大きな音をたてながら七草を叩き刻むコトで鬼車鳥という“厄”を追い払うのである。
不思議なのは、この七草の呪文を唱えるコトが現在はあまり残っていないのだ。七草粥を食べるという文化は廃れなかったのに、なぜ呪文だけは廃れてしまったのか?
「海の七草を叩いて刻むのは、鳥羽の南東に位置する国崎町の“七草タタキ”という行事で行われます」と、館長さん。
国崎では、七草粥を食べる前日である1月6日の夜、床の間で正座をしながら、正装をした家主が“海の七草”を叩き刻み、それを酢味噌で和え、お粥や小豆粥の隣に添えてお供えをするという行事である。家の神棚だけではなく、恵比寿さまや自分たちの船、海の神様用に浜にもお供えする。
海の博物館では、その“七草タタキ”にヒントを得て、海の七草粥の振る舞いをしはじめて早十数年になるそう。

国崎町は古より伊勢神宮に熨斗あわびを献上している町だ。熨斗あわびとは、海女さんが潜って獲って来たあわびを特殊な包丁で薄く細く長く剥き、天日干しをして藁紐を通したモノである。パッと見、言われないとあわびだとわからない。が、伊勢神宮にとっては、神饌として欠かせない大切なモノ。しかも、あわびを納める担当は国崎だけと決まっている。

そんな漁師町だからこそ、一年の無病息災を祈る際の食が海藻になるのは、至極自然な流れ。なんなら、あわびの主食も海藻だ。海藻あってこそのあわび。海藻を奉ってこその無病息災なのである。
近年、海水温の上昇だとか、海を綺麗にしすぎてしまったためだとか……様々な理由で海藻の減少が各地で嘆かれている。海藻がなければ、あわびどころか海藻を棲家とする稚魚も育たない。すると、魚はどんどん減り、海の生態系はコロッと変わってしまう。和食に欠かせないお出汁であるカツオも獲れなくなると、和食の存在すら危機である。料理のメインには踊り出ない海藻。だが、とてつもなく重要な縁の下の力持ち。海藻がいなければ、海も食も成り立たない。
しばらくすると、刻まれた海の七草を入れた七草粥が手元に運ばれて来た。白いお粥に緑の具材。見ためは陸の七草粥に近しい。ひとすくい、口に入れてみる。陸の七草よりも細かく刻まれているからか、海藻の存在感はそんなにアピールして来ない。あっさりしていて、なんなら陸の七草粥よりもスルスル〜っと喉を通りすぎていき、身体にますます優しい感じがする。

七草粥の日は、朝は海の七草を食べ、夜は陸の七草を食べるというお粥づくしな一日にしても良いんじゃなかろうか?もしくは、両方混ぜて、海の幸も山の幸も同時に身体に取り入れてしまうとか?なかなかの名案では?と、脳裏をよぎり、ついついほくそ笑んでしまう。
そういえば、海の博物館からの帰り道。鳥羽駅前の土産屋でこんなモノに出会した。

コチラの海藻の種類は、ワカメ、アカモク、黒ノリ、ヒジキ、アラメ、アオサ、メカブ、アワビと、海の博物館で食した七草とは微妙に違っている。でも、これも、国崎の海の七草だと記載されている。もしかしたら、海藻であれば種類は問わないのかもしれない。唯一、アワビは海藻ではないけれど、熨斗あわびの地だからオマケ的な?だとしたら、なんて豪華なオマケなのか(ちなみに、アワビも粉末状)。
新年の七草粥。今回は、陸の七草にワカメやアオサ、ヒジキなどその辺のスーパーで手に入りやすい海藻を混ぜてみようかなと、今から1月7日の朝がちょっぴり楽しみな私なのであった。
▪️鳥羽市立 海の博物館
三重県鳥羽市浦村町大吉1731-68 http://www.umihaku.com
※特別展「ふのりと日本人」開催中
2025年12月20日(土)〜3月31日(火)
展示期間中の定期休館日
2025年12月26日(金)〜12月30日(火)
※12月31日より通常通り開館