
田んぼを企業や個人が支え、生産者と生活者を直接つなぐ仕組みを広げている「田んぼ倶楽部」。
その活動の特徴は、“農家を支援して終わり”にしないことだ。オーナーとなった人々が産地を訪れ、田んぼと関わることで、地域にはどんな変化が生まれているのだろうか。
後編では、代表・いわせ直美さんに、田んぼ倶楽部が育みつつある人と経済の循環、そして「村づくり」構想について伺った。
田んぼ倶楽部がつくる生産者と生活者の関係性は、お米を売り買いするだけでは終わらない。オーナーたちが実際に現地を訪れる「田んぼツアー」こそが、地方創生のエンジンとなりつつある。
春の田植え、夏の草刈り、秋の稲刈り。参加者は泥の中に足を踏み入れ、日差しを浴びながら、稲の成長、ひいては自然の恵みを体感する。都市生活では得難いこの体験が、人々の意識を大きく変えていくという。

「裸足で土に触れる体験は、現代人が忘れてしまった五感を呼び覚まします。嬉しいのは、パンやパスタばかり食べているという子どもが、自分が育てたお米を食べてお米を大好きになってくれたりすることです」
多様な個性を持つ子どもたちが通うフリースクールでも、この田んぼツアーに参加している。
「初めは田んぼに入るのを嫌がる子どもも、一度、田んぼの泥に足を踏み入れると、もう出たくないって言うんですよね。体が自然とつながることを求めているのだと気づかされます」 こうした体験は、大人にとっても大きな気づきとなる。土に触れ、自然のリズムの中で過ごすことで、心身が整う感覚を得るという声も多い。

一方で、農家側にとっても、生活者が産地を訪れることは大きな意味を持っているようだ。
「流通に乗せてもオンライン販売をしても、どういう人が食べてくれているのかわかりません。食べる人の顔が見えるのが、すごく嬉しいと言ってくださっています」
生産者と生活者が出会うことで育てるお米に、より深い「意味」が生まれ、モチベーションにもなる。届いたお米を食べることに、「価値」が生まれる。こうして食を通して育まれるコミュニティは、単なる消費の関係をこえて確かな絆へと育っている。
20人、30人と団体で産地を訪れる田んぼツアーは、田んぼの外にも確かな波及効果を生んでいる。
ツアー当日は契約農家だけでなく、近所の人や知人が手伝いに来てくれることも多い。そこから交流が広がり、地域の空気も少しずつ変わっていっている。
また団体で人が訪れれば、宿泊や食事、交通、買い物などを通して地域経済にお金が落ちる。
特に人口の少ない地域では、その影響は小さくない。

「田舎であればあるほど、宿や食堂も数えるほどしかありません。だからこそ田んぼのオーナーたちが行くだけで、地域の売り上げに直結するんです」
行政主導の大規模開発ではなく、人と人との顔が見える距離から田んぼを取り巻く地域を盛り上げていく。 小さな個人的なつながりの積み重ねこそが地域に根を張った、持続可能な地方創生の原動力になると信じているのだ。
日本の農業を未来へつなぐには、支援者を増やすだけでなく、新たな担い手を育てることも急務だ。
田んぼ倶楽部ではオーナー獲得の戦略として、農家のブランディングにも力を入れている。こだわりの農法、環境、地域の特徴など、個人では伝えきれない魅力の掘り起こし、発信していくのも役割だ。
千葉県南房総では、提携農家の最年少となる20歳の青年、花かごFARMの松本伽羅さんが米づくりに励んでいる。

「今の若い人にとって、農業は垢抜けないものではなく、自然とともに生きるライフスタイルになりえます。彼のような若手農家をブランディングの面でも支え、彼をロールモデルとして農業への流入も増やしていきたいと考えています」
農家を単なる生産者としてではなく、地域の主役へ。
若い担い手が誇りを持って農業を続けられる環境が整えることは、守るべき日本の原風景を次世代へ繋ぐ、最も確実な一歩となる。
いわせさんが見据えるのは、田んぼのさらに先にある「村」の再生だ。
たとえば各地の田んぼの周りには空き家や古民家も多い。そこを回収し、宿泊や滞在ができる施設にする構想も進み始めている。
「田んぼツアーに来た人たちが泊まれる場所があれば、企画がない時もその地域を訪れる理由をつくれます。そこから雇用も生まれ、地域に人とお金が循環する仕組みになると思っています」
拠点ができれば、地域は訪れる場所から、関わり続ける場所へと変わっていく。 田んぼを起点に人が集まり、暮らしが生まれ、経済が回る。いわせさんはそれを「村づくり」と呼ぶ。

「大きな話をすれば、この村づくりが大きく広がって新しい国づくりになっていったら」
稲作農家を支援すること。それは地方と人の関係性のアップデートし、失われつつ「村」の概念を、現代にふさわしい希望のかたちへと描き直す挑戦だった。
写真/五十嵐美弥 (小学館) 取材・文/福田真木子